本でも映画でも、人の体が激しく傷ついたり、大量の血が流れたりするようなシーンを見るのが、私は苦手だ。だから、体育教師である著者が器械体操のクラブ活動指導中に頚髄損傷を負ってしまう事故の行を読んでいるときは、文字を直視するのが辛かった。
私のような他者がどれほど痛みや苦しみを理解しようとしても、身体の自由が奪われたことに気づいたときの著者の絶望には及ばないはずだ。著者本人のそうした感情は本書の中でも触れられている。しかし、それ以上に印象に残るのが、命を落とすことと隣り合わせになったことのある人間にしかわからない、美しさを感じ取る力と慈しみの心だ。
手足を動かすことのできなくなってしまった著者は、口にくわえたペンを使って自分の気持ちを伝えることを決心する。最初は、人に手紙を送るために文字を書き、その後は絵を描くようになる。一枚一枚の花の絵を観て「美しさを丁寧に写し取ろうとしている」と感じるのは、私だけではないと思う。
また、病院の大部屋で同室となった少年が回復していく過程で、著者は当初、早く彼の体が良くなるようにと祈っていたのに、実際に快方へ向かうと嫉妬の気持ちが出てきてしまう。それは、抗えない素直な感情ではないかと私は思うが、著者は同時に「(俺は)こんなみみっちい男ではないはずだ」と自身を責めている。こうした思いに至るのは、命の重みを本当に知った人間だからこそではないだろうか。
本書の『愛、深き淵より。』というタイトルの意味は、本文中では詳しく述べられていない。著者は事故が起こる前、自分を大きく見せたい、他者を顧みないようなところもある性格だったという。身体の自由が奪われる「深き淵」に陥ってしまったからこそ、家族や友人、他者への愛情が生まれたのではないのだろうかと感じた。
考える人/20代/男性
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作品紹介
体育指導中の事故で、四肢の自由を失った青年教師が、9年間にわたる絶望的な闘病生活の中から生きる証をもとめ、やがて口で字や絵を描くようになるまでの生命の記録。
星野富弘・著
定価:本体1,000円+税/学研プラス
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