道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」

UPDATE 2020.07.21
公開日 2013.12.26

河瀨:私、映画の専門学校には入りましたけど、映画ファンとして入ったわけじゃないので、映画監督も知らなければ、俳優さんもわからない。講師もしているのに、生徒のほうが詳しいんですよね。入学したての子が「僕、タランティーノみたいな映画が撮りたいんです」って言ってきて、「タランティーノって誰?」(笑)。私が知らないことが問題かもしれないですけど。

道尾:それはすごくいいと思いますよ。知識だけの根拠しかないものって、劣化コピーになっちゃいますし。たとえば僕は「ホワイト・クリスマス」を作曲したアーヴィング・バーリンが大好きなんですけど、彼は音楽教育を受けていないので楽譜が読めなかったんです。頭に浮かんだメロディーを、ピアノが出来る人に書き写させて作曲したらしいんですよね。

河瀨:私ね、普段恋をしてないと、自分の周りの景色があまり明るくない。誰かを好きでいるっていうことの中で芽生える感情は本当に深いと思います。だから、いつも恋してる感じです。

道尾:誰かを好きになると、いろんなものにセンシティブになりますよね。感覚が敏感になります。

河瀨:一生懸命でいられるんですよね。好きだな、と思える人とかものとかがあると。最近は、私のスタッフでも全然恋してない。30代でそういう子たちが多いんです。でもそれじゃ表現はできないんだよ、と思いますね。昔の小説家さんなんかも、絶対恋してはったと思うし、文体見れば、「ああ、誰かを愛してるんだなぁ」と感じますね。

道尾:文体を見れば確かにわかりますね。それともう一つ、「この人は本気で人を愛することができる人か」というのも、表現から一目瞭然ですよね。いや、もちろんそうじゃない人でも面白いものを作りますけど、読むとそこはわかります。

河瀨:うんうん。そうですね。私、外国に行くと日本語ができる大学生とかがアテンドしてくださるんです。それで一生懸命「河瀨論」とか他の映画論とかを語ってくれるんですけど、聞いているとだんだんしんどくなってくる(笑)。言葉が上滑りしてるっていうか。生々しくない。「本当に人を愛したこと、無いんじゃない?」と思ってしまいます。「愛って何?」と聞かれたら「そりゃあ、ホンマに抜き差しならないことよ」って言うしかない。そういう抜き差しならない、本当に愛した経験のある人っていうのは、やっぱり言葉ひとつが深いです。あまり多くを語らないしね。たぶん細かいことなんですよ。「そのぐらいでいいか」じゃなくて、「できることならここまでやっていたい」っていう感じのことなんだと思います。

道尾:河瀬さんは作品が着想を超える時ってありますか?

河瀨:今回は特にそうですね。2年前の2月に私を育ててくれたおばあちゃんが亡くなったんです。それは自分にとってはすごいターニングポイントでした。その後で初めて、自分のルーツである奄美に拠点を据えて映画を撮ったんです。これまでの映画は奈良で撮ってるんで、人間関係も出来てるし、ここに行けばこういう光が差すよね、ということもわかって、慣れてもいた。でも奄美では、その慣れがないんですよね。

道尾:自然も人も全然違いますよね。

河瀨:新しいものを構築していかなければならないわけで、すべてが初めてで刺激的、毎日が事件、みたいな中で撮りました。私も頭と最後が決まってるほうなんですよ。だから真ん中らへんのこととかが、すごく刺激的で、ドキドキしながら撮っていました。もう、毎日が興奮状態でね。で、積み重ねていく。順撮りなんです、私は。

道尾:ああ、そうなんですか。

河瀨:時間軸を崩さないので、順番に俳優たちも成長していくし、時を重ねていく。なので、思っていたラストを超える感覚がすごくありました。

道尾:改めて思うんですけど、河瀨さんのインタビュー能力っていうのはすごいと思うんです。まさに「インター・ビュー」、つまり「内側を・観る」。俳優さんという対象の、内側を見ているんだなというのがよくわかります。

河瀨:人間、すぐには答えは出ないことがいっぱいあるし。やはり時間なんです。時間が醸していくものがあります。何かを一緒に体験するとか、共に話をする。そういうものが事前に無いと、せっかくのものも取り出せない。しかし何回も聞いていたら、それは慣れちゃう。だから、慣れないぐらいの塩梅を現場では心がけて俳優さんとはお付き合いしています。最初に、私の中で彼らと契約を結ぶんですよ。「私は絶対に見放さない。だから絶対に現場を去らないでほしい」と。だから映像でその人を捉えられた瞬間に「カット」って言うんじゃなくて、私は「ありがとう」と言います。「あなたのその身体で注いでくれてありがとう」と。今回はそういうシーンがたくさんありました。ひとつの絆を結べたのかもしれませんね。

道尾:そうなると編集作業は、本当に身を切るような思いでしょうね。これは絵画の話になりますけど、たとえば抽象絵画って、ほんの1ヵ所でも隠したら台無しになってしまうというものが理想的ですよね。よく見ればどんな部分も無駄じゃなく、いっぽうで過剰な部分もない。映画も小説も、理想はそこだと思うんです。不足無く書くのは、実はわりと簡単だけど、過不足なく書くのは難しい。でも最終的にはそこを目指さないといけない。

河瀨:私はあまり技術だけで編集はしてないつもりなんだけど、音楽なんかでも、絶妙なタイミングでここで終われるっていう瞬間ってあるんです。それって偶然のようで、必然の気がします。出会って誰かと話すことが、ものすごく自分とリンクしていたりとか。今日も『追臆のダンス』のこと言っていただいて、明日がご命日っていうこともそうですね。それは2001年の出来事だったんだけど、2001年って自分のもう一個のターニングポイントだった気もしてるんですね。今日も彼が入院されていた荻窪とか、あの辺にちょっと行ってたんです。東京の西のほう。あの辺の感じというのが自分にとっての2000年前半なんです。そこで一生懸命何かを表現しようとしていた。あそこから始めたことが、今どうなっているんだろうなぁって、ちょっと考えています。

いろんな表現の分野で、世界中にはちゃんと真っ当に追求してる人たちがいっぱいいます。そういう人たちと手をつなぎたいですね(河瀨)

道尾:そろそろお時間がなくなってしまって、これは毎回最後にお聞きしているんですが、今のお仕事をこれからも続けていきたいですか?

河瀨:はい。続けていきたいです。

道尾:ああ、でしょうね。そうですよね。

河瀨:これはお話がちょっと戻るかもしれませんけど、あまり技巧ばかり増やしていっても良いことはない気はしているんですね。とはいえ、わかりやすい感じの部分も多少は入れながら、観る人を増やしていかないといけないかな、と。それこそ微かな細い線の部分も見えない人ばかりになっていくのもイヤですから。

道尾:そうですね。

河瀨:道尾さんが小説を書いたと聞いたときに「じゃあ『月と蟹』読んでみようかな」って思う人がいるわけでしょう。そういうふうに観る人たち、読む人たちの感覚が育っていくこともすごい大事だと思います。
ヨーロッパの批評家は、作品に対して言葉を連ねたりするときにすごく美しい文章を書くんです。そういう感性を、日本人の中から失わせてはいけない、というふうにも思いますね。また、すべてがデジタル化していく中で、あの頃手書きで、メモに写真を貼りつけてやってたような感覚も、自分自身が失っちゃいけない、そこに自分を縛りつけてでもいなきゃいけないんだろうなということにもつながります。それから、本気で常に人を愛して、生きていきたいなぁって。

大袈裟なんですけど、私は地球を見てるんですよ。いろんな表現の分野で、世界中にはちゃんと真っ当に追求してる人たちがいっぱいいます。そういう人たちと手をつなぎたいですね。そういうふうにして生まれてきた表現っていうのは、絶対にどこかで人というものを救っていくと思うから。あと何本映画を撮れるかわからないんだけど、そこは曲げずにいきたいなって思います。

 

道尾:僕も、さっきの「無いものを描く」というのは、続けていきたいですね。光源がもともときれいだと信じていられれば、続けられると思うんです。光源の、星の光があんまりきれいじゃない、って思った瞬間に、たぶん出来なくなる。人の感情だとか、人間同士の関係の美しさとか危うさとか、その辺には、ずっと興味を持ち続けていきたいです。いやほんと、もっともっとお話ししたかったです。ぜひまたお話しさせてください。

河瀨:ええ、ぜひ、こちらこそ。

司会・構成/杉江松恋 撮影/干川修

作品紹介

月と蟹

海辺の町、小学校の慎一と春也はヤドカリを神様に見立てた願い事遊びを考え出す。無邪気な儀式ごっこはいつしか切実な祈りに変わり、母のない少女・鳴海を加えた三人の関係も揺らいでゆく。「大人になるのって、ほんと難しいよね」-誰もが通る”子供時代の終わり”が鮮やかに胸に蘇る長編。直木賞受賞。

プロフィール

河瀨 直美

映像作家。生まれ育った奈良で映画を撮り続ける。1997年、初の劇映画「萌の朱雀」でカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞し、鮮烈なデビューを果たす。その後、2007年に「殯の森」で同映画祭にてグランプリ受賞。2014年カンヌ映画祭では日本人監督として初めて審査員を務めた。2010年から2年に1度開く「なら国際映画祭」ではエグゼクティブディレクターとして奔走する。現在、最新作「2つ目の窓」(2014年夏公開)を製作中。

道尾 秀介

1975年東京都出身。2004年、「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家としてデビュー。2007年「シャドウ」で本格ミステリ大賞、2009年「カラスの親指」で日本推理作家協会賞、2010年「龍神の雨」で大藪春彦賞、「光媒の花」で山本周五郎賞を受賞。2011年「月と蟹」で直木賞を受賞。近著に「カササギたちの四季」「水の柩」「光」「ノエル」「笑うハーレキン」などがある。

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