第3回 デスメタルとの違いは、サビがあることでしょうね。僕はやっぱりサビがあるのが好きなんです、小説でも(道尾)

道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」

更新日 2020.07.21
公開日 2013.08.20
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道尾:そういえば谷原さん、メタルがお好きなんですよね? 僕もよく聴くんですよ。メタリカ(※1)、メガデス(※2)、ソドム(※3)、スレイヤー(※4)あたりがとくに好きなんです。昔バンドでスラッシュメタル(※5)をやっていたんですよ。ギター・ボーカルを、肩までの金髪で(笑)。

谷原:そうだったんですか!(笑)。僕も髪は肩まで伸ばしてましたけど、スラッシュメタルのバンドはやってなかったです(笑)。

道尾:スラッシュメタルって音楽でいうと歪んだものの典型だと思うんですが、どうしてそっちにいかれたんですか?

谷原:単純に刺激だとおもいますね。リフのザクザクした感じとか。僕はエクソダス(※6)とかメタリカ、ベイエリアスラッシュ(※7)から入りました。最近、メタル熱が再燃しちゃって、またアルバムをたくさん買い直してますよ(笑)。

道尾:やっぱり刺激ですよね。僕は中学生の頃からずっと「刺激が足りない」っていうのが口癖だったんですが、何をやっても本当に刺激を感じられなかったのに、メタリカの「マスター・オブ・パペッツ」(※8)を聴いて「これだ」って思ったんです。やりたいことを正直にやっていて、他人におもねらない格好良さがある。しかも、ただやりたい放題なだけではなく、そこには構築美もしっかり存在していて。

谷原:話の合う方に出会えて嬉しいです(笑)。僕はちょっとデスメタル(※9)に行きかけて、グラインドコア(※10)とかいろいろ手を出しましたが、結局最後はスラッシュにもどってきますね。ツインギターの間にギター・ソロがあるとか、様式美がバランスよくあるんですよね。

道尾:デスメタルとの違いは、サビがあることでしょうね。僕はやっぱりサビがあるのが好きなんです、小説でも。

谷原:小説のサビってどういうものですか?

道尾:たとえばミステリーだったら探偵が犯人を指摘する場面がサビだと思うんですね。ただ、水戸黄門が印籠出すみたいなわざとらしいのは、好きなんだけど、ちょっと飽きがくる。いい感じでサビが出ているのがスラッシュメタルなのかな(笑)。

――意外な話になってます(笑)。

谷原:わかります。いいスラッシュっていうのは、やっぱ全体のバランスですよね。いやいや、意外な共通点があって嬉しいです。

※1 メタリカ:METALLICA。ラーズ・ウルリッヒ、ジェイムズ・ヘットフィールドらによって、1981年にアメリカで結成されたメタルバンド。スラッシュ・メタル四天王のひとつ。

※2 メガデス:MEGADETH。デビュー前にメタリカを解雇されたデイヴ・ムステインによって1983年に結成されたメタルバンド。スラッシュメタル四天王のひとつ。

※3 ソドム:SODOM。1982年にドイツで結成されたスラッシュメタルバンド。

※4 スレイヤー:SLAYER。1981年にアメリカで結成されたスラッシュメタルバンド。スラッシュメタル四天王のひとつ。

※5 スラッシュメタル:へヴィメタルをより過激にしたもの。スピード感を重視した楽曲が多い。代表的なバンドはスレイヤー、メタリカなど。

※6 エクソダス:EXODUS。1980年にアメリカで結成されたスラッシュメタルバンド。

※7 ベイエリアスラッシュ:アメリカ・サンフランシスコのベイエリアで活動するスラッシュメタルバンドのこと。ベイエリアクランチとも。代表的なバンドはエクソダス、テスタメント。

※8 マスター・オブ・パペッツ:『Master of Puppets』。1986年に発売されたメタリカの3枚目のアルバムタイトルであり、表題曲。

※9 デスメタル:へヴィメタルのジャンルのひとつ。スラッシュメタルよりも激しく、うなり声のような「デスヴォイス」が特徴。代表的なバンドはデス、モービッド・エンジェルなど。

※10 グラインドコア:ハードコア・パンクをさらに過激に高速化させたもの。代表的なバンドはナパームデスなど。

僕は実は子供のころ童話を読んだことがないんです(道尾)

道尾:『ノエル』なんて、童話が中心になっている作品を書いておきながら、僕は実は子供のころ童話を読んだことがないんです。大人になって初めて読んだという人間でして。

谷原:それは珍しい(笑)。僕は『ぐりとぐら』(※11)という絵本が大好きでした。ぐりとぐらが森ででっかい卵を見つけて、それでカステラを作るという、それだけの話なんですけど、このカステラがすごくおいしそうなんですよ。別に本に救われたわけじゃないですけど、自分にとっての「こんなのがあったらいいな」というのが『ぐりとぐら』のカステラなんです。読むたびにバターの香りが浮かんでくるんですよね。

道尾:「あったらいいな」というその思いだけで、人生が頼もしく感じられてきますよね。僕の学生時代からの友達が、あるところで手作りカステラをもらったらしいんですけど、「食べた瞬間に『ぐりとぐら』のカステラの味がした!」、と言って驚いていたことがあるんです。

僕はその話を聞いたとき、『ぐりとぐら』を読んでなかったんですけど、お話ってすごいな、と思いました。読んだことがない僕でも「そんなおいしかったのか!」と思いましたし、読んだことがある人なら、絶対に食べたくなるような表現ですよね。

谷原:食べたいですね(笑)。絵本の持つ力なんでしょうね。僕は『泣いた赤おに』(※12)とか『100万回生きたねこ』(※13)とか、読むたびに駄目ですね。泣けてしまって。

道尾:僕はさっきも言ったように絵本デビューが30歳過ぎてからなんです。ですから最初は基本から入ろうと思って『100万回生きたねこ』も買いました(笑)。『泣いた赤おに』なんかもそのころにまとめて読みました。それで、「絵本ってこういうものなんだ」という驚きがまだ新鮮なときに『ノエル』を書いているので、あのタイミングでなかったらもっと違う話になってたかもしれません。

※11 『ぐりとぐら』:作・中川李枝子、絵・山脇百合子。双子の野ねずみ“ぐり”と“ぐら”が主人公の物語。

※12 『100万回生きたねこ』:作・佐野洋子。100万回死んで、100万回生まれ変わったトラねこが、初めて他人を愛することを知る。

※13 『泣いた赤おに』:作・浜田廣介。人間と仲良くなりたい赤鬼と、赤鬼を助けたい青鬼の物語。

なんか悔しいんですよね。「三島とか芥川とかは全然いけるのに、なぜ太宰だけ」って(谷原)

谷原:以前「王様のブランチ」で書斎を紹介させていただいたとき、太宰治の本をとり上げられて「この文章がどれだけ美しいのか」みたいなことを語られていたじゃないですか。僕は、実は太宰って毎回挫折するんです。それを観た時に、もう一回挑戦しようと思ったんですが……また挫折してしまって(笑)。お恥ずかしい話ですが。

道尾:でも良い小説ってそういうものだと思うんです。合う合わないがあって、人によって0点か100点かというものが名作なのだと思いますし、僕もそういうものが書きたくて作家をやっています。だから逆に太宰が合わないというのは、谷原さんがその作品としっかり対峙して読んでいるという証拠なんじゃないでしょうか。

谷原:もうそれがコンプレックスで、いつか克服してやろうと。でも考えてみると、読書って克服するものでもないですよね。

道尾:太宰治って、読書好きの方じゃないと普通に読めてしまうんです。語り口が柔らかいし。でもその中に隠されたいろいろなものが見えてしまうと、急に好き嫌いが出ちゃうんですよ。

谷原:いつかまた挑戦してみます(笑)。僕は時間があると、時代小説を手にとるんですが、あれは現実逃避にピッタリじゃないですか。時代ものになった瞬間に、自分が知らない、今よりも素敵であろうころの日本に思いを馳せてしまうので、いろんな矛盾とかを抜きに楽しめるんです。

でも現代ものの小説だと、そうではなくて現実と地続きになっているところが欲しくなるんですね。僕が道尾さんの作品にすっと入っていけるのは、たぶんそこが綺麗に地続きになっていて、なおかつ自分の中にカタルシスを掻き立ててくれるからなんだろうと思います。なかなかそういう小説ってないんですよ。

道尾:ありがとうございます。

谷原:「王様のブランチ」をやらせて頂いて良かったと思うのは「自分ひとりだったら絶対手にとらないだろうな」というような小説を読むことがあって、自分の読書の幅が広がっていくことがあるんですね。以前だったら、絶対翻訳物のミステリーなんて読まなかったですから。

ジェフリー・ディーヴァー(※14)なんて、すごく技巧的な小説ですよね。伏線を張ってひっくり返して、というところに「ほら来た!」みたいな驚きがあって、こっちも伏線の先を当てにいくみたいな、それまではしなかったいやらしい読み方をするようになって。そういう広がりが出てきたんですよ。だからいつか太宰も……。

道尾:いや、もういいんじゃないですか(笑)。

谷原:なんか悔しいんですよね。「三島とか芥川とかは全然いけるのに、なぜ太宰だけ」って。太宰を読むとため息がでてくるんですよね。

道尾:小説って身体に入ってくるものなので、好き嫌いはありますよ。食べ物の好き嫌いと一緒だと思うんですよね。

谷原:ちっちゃいころは食べられなかった塩辛が大人になったらうまくなるみたいな感じで、いつかは僕も太宰と仲良く出来る日が来るのかなあ。

※14 ジェフリー・ディーヴァー:作家。1950年アメリカ・イリノイ州生まれ。主な著作に『ボーン・コレクター』『スリーピング・ドール』『追撃の森』などがある。

続けることだけを目標にはしたくないし、やるからには初心の感動みたいなものは忘れずにいきたいですね(谷原)

――道尾さんは、合わない小説は読むのを止めちゃう派ですか?

道尾:最近は自由な時間が少なくなっているので、止めちゃう事が多いですね。作家をやっていると、作品にこめられた魂の総量が高いか低いかがなんとなく判ってしまうことがあるんです。合う合わないよりも、著者の愛が感じられない小説に対して、続きを読みたい気持ちがなくなっちゃいますね。

谷原:何度も読み返す本というのはありますか?

道尾:同じ小説を二回読んだことはないんです。書評や文庫解説を依頼されたときは別ですけど。同じものを読み返す時間と労力で、もう一冊新しいものを読みたい、という気持ちのほうが強いですね。

谷原:人生のうちにそんなに読めないですものね。僕も実は読み返す本というのはあまり無いので、道尾さんにそういう一冊があったら読んでみたいなと思ったんです。何か一冊お薦めしていただけませんか?

道尾:最近フォト・エッセイをよく読むんです。鬼海弘雄(※15)さんという写真家の方がいらして、ものすごい名文家なんですよね。『PERSONA』という土門拳賞を獲った写真集があって、その普及版の『ぺるそな』にはエッセイがたくさん追加されているので、本当にお薦めです。

谷原:買ってみます!

――そろそろお時間なのですが、道尾さんから最後にお聞きしたいことはありますか?

道尾:今のお仕事を、死ぬまでずっと続けていかれたいですか?

谷原:半分YESで半分NOですね。役者をしている自分に飽きる瞬間はきっとあると思うんです。僕は芝居をしているということを職人的にとらえている部分があって、お金を貰う以上はプロとしてのクオリティを維持したいという気持ちがあります。
わかりやすいことばかりはしたくないけど、マニアックな方向に寄りすぎるのも違う。そのバランスをとりながらやっていて、仕事として捉えているから続けられてるというのは間違いないと思うんです。ただ、それに縛られすぎると与えられたものをこなす作業になってしまいそうで、自分自身に感動がなくなっていく気がするんですね。ですから、続けることだけを目標にはしたくないし、やるからには初心の感動みたいなものは忘れずにいきたいですね。

芝居をしていると「今だよね。今のがやりたかったことだよね」という感覚が、全員に共通して降りて来ることがあるんです。ただ、映像だったら一回撮れればそれでいいんだけど、舞台だったらたまたま昨日みんなでつかまえたものが、次の日に同じことをやってもただなぞった芝居になって魂がこもらなかったりするんです。毎回自然な気持ちで、自分を追い込むのは結構疲れます。そのモチベーションをどこまで保てるのか、ということでしょうね。

道尾:僕も同じです。来月刊行される『鏡の花』を含めると、今22冊著作があるんですが、さすがにもう「小説の書き方」ってわかってるんですよ。ですから、同じレベルのものを量産しようと思えばできるんです。ただ今は、一行書くごとに「今までより成長しているか」「これまでやれなかった事ができているか」を考えながら仕事をしていて、それをやらなくなったら絶対に飽きてしまう。なんというか、他の商品と小説を一緒にしてしまうかな、と。

小説は他の商品と違って、たくさんの人に読んでもらうことを目的にして書かれるわけじゃないですから。そうならないように、今のこの気持をずっと維持して書いていきたいなと思います。それができなくなったら書いてもしょうがないですし、きっと書けなくなるでしょうね。今はちょうど、子供のころの恋愛みたいな感じなんです。無目的というか、邪な目的が何もない(笑)。その状態を維持できているので、できればこのままいきたいです。大人の恋愛みたいに、打算でいっぱいになったり、取引みたいにならないように。

谷原:胸に沁みます。日々気をつけたいですね。

司会・構成/杉江松恋  撮影/干川 修

※15 鬼海弘雄:写真家。1945年山形生まれ。2004年『PERSONA』で土門拳賞受賞。

作品紹介

ノエル: -a story of stories-

物語をつくってごらん。きっと、自分の望む世界が開けるからー理不尽な暴力を躱すために、絵本作りを始めた中学生の男女。妹の誕生と祖母の病で不安に陥り、絵本に救いを求める少女。最愛の妻を亡くし、生きがいを見失った老境の元教師。それぞれの切ない人生を「物語」が変えていく…どうしようもない現実に舞い降りた、奇跡のようなチェーンストーリー。最も美しく劇的な道尾マジック。

プロフィール

谷原 章介

1972年神奈川県出身。俳優。雑誌「メンズノンノ」の専属モデルから1995年映画「花より男子」でデビュー。二枚目から三枚目まで幅広い役柄を演じる。またTBS「王様のブランチ」NHK「きょうの料理」の司会者としても活躍中。2014年NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」に竹中半兵衛役で出演が決定。

道尾 秀介

1975年東京都出身。2004年、「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家としてデビュー。2007年「シャドウ」で本格ミステリ大賞、2009年「カラスの親指」で日本推理作家協会賞、2010年「龍神の雨」で大藪春彦賞、「光媒の花」で山本周五郎賞を受賞。2011年「月と蟹」で直木賞を受賞。近著に「カササギたちの四季」「水の柩」「光」「ノエル」「笑うハーレキン」などがある。

 

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