歌人の藤原定家が編纂した「百人一首(小倉百人一首)」には、注目すべき点がふたつあります。
ひとつは、時の為政者の命令などではなく、定家自らの価値観で選んでいるという点です。本書にも、「戦の勝者も敗者もいる。恋の喜びも老いの嘆きもある。絶望もあるが、希望もある」という定家のセリフがでてきますが、百人一首に選ばれた歌には「人生のさまざまな風景」が凝縮されています。
もうひとつは、色彩感覚です。定家は選んだ和歌を小倉山の別荘の屏風に貼り付けていたといいます。その屏風自体がひとつのタペストリーで、季節の彩りを意識し編まれたに違いありません。
本書 『超訳マンガ百人一首物語』は、上記のふたつの点を強く意識して制作しました。
まず、「人生のさまざまな風景」という点です。百人一首の歌人は、名前も似ているし、カルタなどで見ると顔も同じような瓜実顔で区別がつきません。でも、それぞれ違う人生を歩んでいる、魅力的なキャラクターです。
たとえば、安倍仲麿の「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」という歌は、訳だけあてるならば、「あの美しい月は、ふるさとの三笠山にでているのと同じ月なのだなぁ」というだけの情景描写です。
でも、それを詠んだ仲麿が、「唐に留学し、強く故郷に戻ることを願いながらも、船の難破などで、結局、唐の地で生涯を終えた人物だった」ということを知っていれば、先の和歌も違うニュアンスを感じることができます。
百人一首の各和歌は、貴族が戯れで作った「言葉遊び」ではありません。そこには、歌人の「喜び」「悲しみ」「怒り」「苦しみ」など、魂の叫びがこめられているのです。
歌人の人生や、彼らの性格を知れば、百人一首はずっと身近で楽しいものになります。楽しく読み進めていくうちに、それはやがて感動に変わります。最後、第100首の順徳院の「ももしきや……」の歌では、涙がこぼれてくるかもしれません。それが、藤原定家が「百人一首」の編纂によって描いた大きな物語なのです。
その物語は、ストーリーマンガゆえにわかりやすく表現できたと確信しています。
次に「色彩感覚」という点です。特に平安朝などは、十二単などの装束からもわかる通り、色彩豊かな世界でした。
たとえば、同じ赤系色でも、紅(べに)・蘇芳(すおう)色・今様(いまよう)色・韓紅(からくれない)色・紅梅(こうばい)色・緋(ひ)色など、さまざまな色があります。
この世界観を表現するためには、マンガという方法は、とても相性のよいものです。しかし、そこでカラーが使えないと、「百人一首」が本来持つ魅力はなかなか伝わらない。そこで、本書では、全ページをカラー仕様にしています。
ありきたりの発想ではありますが、実際に全ページをカラーのマンガにしている本は、これまでに出版されていないと思います。
以上、理屈っぽいことを長々と書きましたが、「百人一首」は、本来、とても身近で面白い文学作品です。その魅力を最大限伝えるための本が、この『超訳マンガ百人一首物語』です。だから、ただ読んで、ひたすら楽しんでいただけると嬉しいです。
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