第2回 私、いまだになんで道尾さんが『アラサーちゃん』がこんなに好きなのか把握できてないんですよね。(峰)

道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」

更新日 2020.07.21
公開日 2014.07.11
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道尾:そろそろマンガの話、していいですか? 『アラサーちゃん』の話。

:はい。どうぞ。

道尾:僕は本当に『アラサーちゃん』のファンなんですよ。マンガを読む機会は滅多にないんですけど、たまたま「SPA!」に載っていた連載を読んだら、ものすごくおもしろかったんです。「こんなマンガがあったのか」と感激して、それで単行本も買いました。その一年間で唯一買ったマンガなんですよ。

:道尾さんとはよくお会いして、私の『アラサーちゃん』がらみのイベントなんかにも来てくださるんですよ。

――道尾さんは、あまりマンガを読んでいるイメージがないです。

道尾:べつに苦手とか嫌いなわけではないのですが、何故かあまり読まないですね。本棚にも数えられるくらいしかないんですよ。古谷実さんの『ヒミズ』『シガテラ』とか。それ以外に好きなマンガ家さんは誰かと聞かれると、上村一夫さんあたりになっちゃう。

:漫画っていっても文学っぽいですよね。私、いまだになんで道尾さんが『アラサーちゃん』がこんなに好きなのか把握できてないんですよね。すごい愛は感じるんですよ。「アラサーちゃんがオラオラくんとやるのはいいけど、大衆くんとやるのは許せない!」って、マジで言われたことがあります(笑)。

道尾:そうなんですよ。僕は連載の途中から読み始めたんで、二人の間に肉体関係があるとは思ってなかったんですよ。普通にそのシーンが出てきた時にはショックでした。アラサーちゃんには、もっと高嶺の花であってほしかったです。大衆なんかに安売りしないでほしかった(笑)。

:でも、割といい女でも、しょうもない男とできちゃう時はあるじゃないですか。

道尾:まあ、それが現実なんでしょうね。でも僕はショックだったんですよ。ドアを開けたら憧れの子が、なんかその辺の男とやってたみたいな(笑)。でも、すごいなと思うのは、そのショックを受けたのがたった1コマなんですよね。そんなの小説ではなかなかできないですよ。1行で読者にショックを与えるためには、その前後に何百行という文章が必要なんです。それが1コマでできちゃうんだからなあ。今にして思えば、あれこそキャラクター作りの技術なんだと思います。

:あと、アラサーちゃんってそんなに高嶺の花じゃなくて、よくいる「普通にモテる女子」みたいな感じのつもりなんですよ。

道尾:そうなんですよね、考えてみれば。あ、ところで『アラサーちゃん』って、目が黒目か白目かどっちかじゃないですか(注:瞳とそれ以外ではなくて、常に黒ベタか白抜きかどちらかで表現されている)。あれは、どういうわけなんでしたっけ?

:キャラクターデザインの初めからそうでした。もともと私はけっこう普通の少女マンガ絵を描いていたんですけど、これを生業にするにあたっては、とにかくページを早く描かなくちゃいけないと思ったんですよ。それで眉毛とか目の光とかの作画作業をどんどんカットしていったんです。

道尾:ああ。(ごそごそと『アラサーちゃん』のコピーを取り出す)

:……なんでコピーしてきたんですか?(笑)

道尾:例に出したい話をコピーしてきたんです。あの、マーフィーの法則って知ってます? 失敗学というのかな。例えば「洗車をすると雨が降る」とか。

:ああ、ありますね。

道尾:『カササギたちの四季』という本の主人公の華沙々木君を『マーフィーの法則』が愛読書という設定にしたんですけど、それを書いているときに資料として『マーフィーの法則』をずっと読んでいたんですね。峰さんの目の話で思い出したのが、「どうしても欠陥を改善できなければ、それを商品の特長にしてしまえ」という法則。いろんなところで行なわれていると思うんですけど、峰さんの目玉もまさにそうですよね。その特徴が見事に長所に変わっていて、いい個性になってますよね。

:でも、作画の面では全部黒目だと困ることもあるんですよ。「顔が正面で右を向いている人」とかを描く時なんかがそうです。普通は黒目だけ寄せればいいじゃないですか? でも、それが描けないのでちょっと困るんですよ。なんとなくまつげの角度とかでやってるんですけど。そういうのがちょっと辛いけれど、いちいち全部のコマで目の光描くのも面倒くせーからなと思って。

道尾:いいですね。それが成功するというのが最高です。『アラサーちゃん』の目も、最初にこのマンガが大好きになった理由でもあるんですよ。最初はその効果に気付いてなかったんですね。でも何かの話を読んだ時に、コマで「黒目→黒目→黒目→白目」と来た時に、それがすごく効果的だったんです。その時にハッとなって、これまでのページを見直したら、キャラクターに黒目と白目しかないというのが判ったんです。感情がダイレクトに伝わってくる。『アラサーちゃん』って、難しい感情はむしろ必要としないマンガで、たくさんの人が共感できるからこそ成り立っている。このないだの『SPA!』の対談でもお話したんですけど、共感できない人は「『アラサーちゃん』って怖いマンガだ」というイメージを持ってしまったりするらしいですよね。

:それはたぶん見透かされ系の怖さですね。

道尾:男の人が、「これは怖いマンガだ」と思うらしいです。

:まあ、単純にいうと「女って怖い」という。

道尾:うん、僕も、たとえば学生の時に読んでいたら怖いと思ってたんじゃないかな。そこまで女性のことをよく知らなかったですし、いきなり舞台裏を見せられた感じがしたかもしれません。今はもう漠然と「裏ではこんなことになってるんだろうな」と想像もつく年齢なので、思いっきり楽しめるんですね。「そうそう、あるある」って感じで。

:私は単純に「コーヒーが苦くてまずい」っていってた人が「コーヒーうまい」ってなるみたいな感じかなと思ってるんですけど。

道尾:楽しめるか楽しめないかって、要するに「想像していたものと味わってしまったものとの落差」なんですよね。あんまりそこに落差があると楽しめるところまで気持ちを持っていけない。「うわあ、怖い」で終わってしまう。でも「コーヒーは苦い」と判っていてその苦味を楽しみたくて飲むと「そうそう。この苦さ」ってなるんですよね。

基本的に異性のうそって判りづらいだなって思ったんですよ(道尾)

――ちなみに峰さんは最初からそういう風に「ある程度の人は読めないんだろうな」ということは思ってらっしゃいましたか?

:そんなことぜんぜん思ってなかったんですよ。みんな道尾さんみたいに優しい反応をしてくれると思っていたら、そうじゃなくてショックでした。

道尾:僕はDVDのドキュメンタリーホラーの〈本当にあった!呪いのビデオ〉シリーズが大好きなんですね。今は59巻ぐらいまで出てます。それは一般の人が投稿してくる、「心霊のようなもの」が映っている映像を集めたものなんですけど、たまに明らかなフェイクがあるんですね。まあ、全部がフェイクなのかもしれないけど、それはグレーゾーンということで。その中に完全に作り物だというのがあって、僕は男の人の演技で分かるんですよ。たとえば「みんなで合宿に行った時に偶然撮ったものです」という体なんだけど、要するに役者さんなんです。でも、男の嘘が下手で、必ず判っちゃう。でもですね、同じシリーズを観てる女の人に聞いたら、「女の嘘で分かる」っていうんですよね。

:ええ、そうなんだ。おもしろい!

道尾:基本的に異性の嘘って判りづらいんだなって思ったんですよ。

:でも、確かにそうかもしれない。

道尾:女の人もそうですか?

:私は近くないと判りづらいなと思っていて。たとえば外人の嘘とか。老人とか子供の嘘もたぶん私には判らないですね。

道尾:そうか。老人に嘘つかれたらだまされちゃいそうですね。たぶん僕なんかだとお婆さんに一番騙されそうですね。性も違うし、年齢も離れてるし。

――道尾さんにはあまり人を疑うようなイメージがないです。どんな人の話でも一応咀嚼してから聞いてるようなイメージがありますね。

道尾:仕事でもプライベートでも、付き合う人は選ぶんですよね。疑う必要のない人としか付き合わないですし。腹の読み合いって本当に面倒くさいですからね(笑)。消耗しますよね。

――嘘の話をもうちょっと続けますが、同性の嘘、異性の嘘という話でいうと、『アラサーちゃん』自体が「男性は女性の嘘が見抜けない」ということがパターンの一つとして描かれているように思われます。やはり作品を始められた時から、男性を見ていて「こんなことも判らないのか」みたいなもどかしさがあったということなのでしょうか?

:それは私が女だから「男の人はこういう嘘は判らないな」と思っているだけで、逆に男の人の嘘を全然見破れないパターンは女にも多いと思う。

道尾:でも、うまさでいうと女性の方がやっぱりうまいんじゃないかと思うんですよね。

:いや、でも怖いのは、女の人は「今、私は嘘をついている」と思って嘘をつくけれど、男の人は「俺は嘘をついてない」という意識で嘘をつくから、本人に自覚がないんです。だから書きづらいんだけど、男の人の嘘も書きたいなとは思っています。私の中のテーマで「男は無自覚」というのがあって、なぜ無自覚なのかというところについては。最近、男心がすごく気になるんですよ。

道尾:何でですか? もしかして婚活中なんですか?

:ちがいますよー! セクハラですね。

道尾:「婚活中ですか?」はセクハラですか?(笑)

――会社で上司が言ったらそういう扱いになるかもしれませんね(笑)。

道尾:そうかー。厳しいですね。

男の人って恋愛はハレのものという感覚なのかなと今思ったんですけど。(峰)

:えーっと、何の話でしたっけ? 「何で男心を知りたいのか」ですよね。男心を知りたいのは判らないからですよ。単純に興味がある。

道尾:そっかそっか。例えば恋愛とかもそれがきっかけだったりするんですよね。「あの子は一体何を考えてるんだろう」とか、そういうところが知りたくて、気が付いたら好きになってたりとか多いですよね。

:好きにはならないかな(笑)。いや、だって「女あるあるマンガ」はすごく多いのに、「男あるあるマンガ」は本当に少ないなというのが不思議なんですよ。私、「男あるある」が一番描かれてるのって『モテキ』だと思うんですけど、あれも作者が女性じゃないですか。もてない男って善人として描かれがちなんですけど、そうじゃなくて、もてない男でもすごい汚ないこと考えてるっていうのを、しかもそれをちゃんと読者が感情移入できる形で描いている。でも、それを描いたのが女性だったということは、「男心をちゃんと描いてくれる男性というのは現れないのか?」と。

道尾:「男はこうありたい」みたいなのが、普通の人でもマンガ家さんでも強いのかもしれないですね。変な仲間意識で「男の汚いところとかは見せたくない」とか。「男全体でいい男でいたい」みたいな。

:そう。「自分でもイヤなやつだと思いたくない」みたいな。

道尾:あるかもしれないですね。女の人の小説を読んでいても、「男と女が分かり合えない」というテーマの物語はいっぱいあるんですけど、全体のストーリーと別のところで、さりげなくそれを書くのはなかなか難しいんです。エピソードとしては、どうしてもありきたりになっちゃう。もしかしたらこれもありきたりな例かもしれませんけど、昔『肉体の悪魔』(ラディゲ作。岩波文庫他)を読んだ時に、結婚するかもしれない恋人同士が将来のことを語り合うシーンで、男の人が結婚したらマンドルに住もうと言うんです。「あそこはバラの季節に本当に美しい景色が広がる。きみと一緒にそこで暮らしたい」と。そしたら女の人はいうんですね。「バラなんて一年に1回しか咲かないから、もっと年間を通して平均的に魅力のある町を探した方がいいんじゃないの?」と。それがすごく男女の考え方、判り合えなさ加減を端的に表しているいいエピソードだなと思って、いまだに憶えています。

:男の人って恋愛はハレのものという感覚なのかな、と今思ったんですけど。だから、同棲したり結婚したりして、好きな人がそばにいるのが日常になってしまうとセックスレスになったりするのかなと思って。私からすると日常と性欲とかって全然両立できるものだと思うんですけど、「一緒にできない」というのは、男の人の特徴かなとは思います。

道尾:それはよく聞きますね。女が一番バカにする、男の例のセリフ。「セックスは家庭に持ち込まない」という。

:女が一番バカにするんですか?

道尾:バカにするというか、許せないというか。男の人の中では割とかっこいいセリフとして流布しているんですよね。一時期すごくはやりましたよね。

:「嫁とセックスしないことがかっこいい」みたいな。

道尾:なんかひとつのステータスみたいになりますよね(笑)。

:「嫁と週6でセックスしてる」って人とかいるとかっこいいと思いますけどね。

道尾:この話をしてる時、峰さんはいつもそれ言いますよね。

:そうですね。なんか変態だなとも思いますけど。

道尾:変態かどうか分からないですけど、変わり者ではあると思います(笑)。

 

司会・構成:杉江松恋 撮影:干川修 2014年7月11日

作品紹介

鏡の花

製鏡所の娘さんが願う亡き人との再会。少年が抱える切ない空想。姉弟の悲しみを知る月の兎。曼殊沙華が語る夫の過去。少女が見る奇妙なサソリの夢。老夫婦

プロフィール

峰なゆか

1984年生まれ。漫画家・文筆家。主な著作に「アラサーちゃん無修正」(扶桑社)「恋愛カースト」(宝島社、犬山紙子との共著)など。ドラマ「アラサーちゃん無修正」は毎週金曜深夜0時52分よりテレビ東京系列で放映中!

道尾 秀介

1975年東京都出身。2004年、「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家としてデビュー。2007年「シャドウ」で本格ミステリ大賞、2009年「カラスの親指」で日本推理作家協会賞、2010年「龍神の雨」で大藪春彦賞、「光媒の花」で山本周五郎賞を受賞。2011年「月と蟹」で直木賞を受賞。近著に「カササギたちの四季」「水の柩」「光」「ノエル」「笑うハーレキン」などがある。

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