第3回  街になじむ、その場所になじむというのも、カメレオンじゃないですけど、役者さんには必要なことだと思うんです(佐藤)

道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」

更新日 2020.07.21
公開日 2013.10.10
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道尾:実は僕、極端な閉所恐怖症なんですよ。満員電車乗れないですし。

佐藤:私、それは大丈夫ですね。逆に広すぎるほうが心配になります。「今日、ホテル、めっちゃ広いわあ」とか。ダブルベッドみたいなのをホテルで用意していただいたりすると、落ちるんじゃないか、ってところでしか寝なかったり(笑)。それを楽しんで寝てる、みたいな。ソファとかもうちのは無駄に広いのに、ちっちゃくなって座ってます。

道尾:僕も昔はそうだったんですよ。十代ぐらいまでは閉所恐怖症じゃなかったんですね。

佐藤:なんで閉所恐怖症になっちゃったんですか?

道尾:8年間ぐらい会社員やってたんですけど、そのころは全然平気だったんですよ。会社辞めてからですね。小説一本でやるようになって、ひとつの自由を手に入れたわけですよね。好きなことが仕事になって。そうしたら急に狭いところが、だめになってしまったんです。はまりこんで体が動かないところだと、全身から汗が出て、満員電車だと一駅持たないですよ。

佐藤:一駅持たないんですか……。私、いまだに全然平気なんです。満員電車とかでも。逆に空間を感じますけど。誰も近寄ってくれなくて(笑)。それで、おばあちゃんとかに思いっきり掴まれます。おばあちゃんは、吊革とかに届かないから、なんか届いてる人だなぁってことなんでしょうね。

道尾:腕とか掴まりやすそうですよね(笑)。

佐藤:「どうぞ、私の腕でよかったら」って(笑)。街になじむ、その場所になじむというのも、カメレオンじゃないですけど、役者さんには必要なことだと思うんです。だから人ごみのところで普通にしてたりします。どこでも小汚い格好で歩いてたりするんですよ。たまにジャージ上下で首にタオル巻いて歩いてたりとか。

道尾:首にタオルですか?(笑)。

佐藤:汗かきなんです。そういう格好のときに普通に「佐藤江梨子だ」って気づかれたら悲しい(笑)。また、今日は気づいてほしくない、というときに限っていろんな人に会うんですよ。

道尾:佐藤さんは文章を書かれるようになって、何か変わったことはありましたか?

佐藤:私、思ったことをポンポンポンって言っちゃうので、「この人何考えてるんだろう?」と思われること多かったらしいんです。そこが変わりました。

文章だとある程度まとめなきゃいけないから、やっと私の言いたいことが「わかった」って言ってくれて(笑)。「文章書いてるほうが、頭よさそうだね」って。友達でヒドイのがいて「エリちゃん、留守電何言ってるかわかんない。メールで書いて」ってよく言われます(笑)。

道尾:僕は最近、編集者との大事なやり取り、作品の細かい心情の部分に関する話とかは、会うか電話するかにしているんですよ。メールってどうしても出す前に推敲しちゃうんですよね。リアルタイムの会話だと、話題があっちに飛んでこっちに飛んでの中にいろいろヒントがあったりするじゃないですか? それでどんどん繋がっていくものですよね? それを留守電でやられても困るかも知れないですけど(笑)。

佐藤:そうなんですよ。だから、せっかく話したいなぁって思ってるのに、「メールにして」と言われると寂しい気持ちになります。私、めっちゃメールが長い人だと、「これ、長く返信しなくちゃだめなのかな」って気を遣っちゃうんですよね。結局返さないまま一週間たって、単なる失礼な人になる(笑)。

道尾:ははは。

佐藤:私、舞台が終わると翌日には体調を崩すことが多いんです。あと、もう公演は終わっているのに、また舞台に立って台詞が言えるか、みたいな怖くなる夢を見たり。文章を書くことを職業にしている人は、夢で作品が出てくるとか、そういうのは無いんですか? 作家さんといっても、いろいろタイプはあると思うんですけど。

道尾:ありますよ。僕はたいがい、作品の夢を見ますから。

佐藤:ええーっ。「たいがい作品の夢見る」ってすごいですね!

道尾:そういう書き方になってるんです。たとえば『向日葵の咲かない夏』のときは、まだデビュー二作目で自信がなかったですし、すごく不安があったんですよ。しかも、やろうとしていることが僕の力量からすれば大きかった。

でも、まだ三分の一も書いてないころに、主人公の夢を見たんですね。僕が主人公になったんじゃなくて、小説にそういうシーンは全然出てこないんですけど、主人公のミチオ君が小川の岸辺にしゃがみこんでいて、僕が「どうしたの?」みたいに話しかけたら、彼が「あのね」と『向日葵の咲かない夏』のことを話し出したんです。思いを全部正直にしゃべってくれて。僕、起きたらボロ泣きしてたんですよね。布団も枕もビッチョビチョで。

佐藤:わぁ……。

道尾:そのころは自分の力量も全然わかっていなかったんで、ミチオ君が話してくれたことをどこまで書けるか見えなかったんですけど、その十分の一でも書ければ絶対いい小説になるって思ったんですよ。そして、たぶん十分の一ぐらいは書けたはずです。

ただ、あれがそのまま全部伝わっちゃっていたら、読者は誰も付いてこなくなるでしょうね。本を読むたびにそこまで衝撃を受けたら、きっと次は読みたくなくなっちゃうと思うんです。

――だから『星の王子さま』の、箱の中の羊状態なんですね。

道尾:そうですね。本当に羊だったら、毛の一本一本、寄生している蚤まで書いてしまわないといけなくなるってことですから。やっぱり箱に入っているぐらいがいいのかもしれないですし。

『ラットマン』という小説を書いたことがあるんですけど、それはロジカルなミステリーという一面があるんですけど、半分くらい書いたときに、夢の中でそのトリックが成り立たないことに気づいたんですよね。

佐藤:すごいですねぇ。

道尾:いや、完全に成り立つものだと思って、起きてるときには図解とかして、完璧だったんですよ。で、寝てる間に巨大な穴に気づいたんです(笑)。「あっ、これ成り立たない」と思って、起きてから作り変えて、今の形になったんです。

 

佐藤:それとは違うかもしれないけど、私『海辺のカフカ』の舞台で、さくらちゃんを演じたんです。それはできるかどうか、すごく不安だったんですよ。すでにアメリカでは舞台が上演されていて、蜷川(幸雄)さんもすごい気合入っているし、他の役者さんもみんな台詞が入っていて、すごく動けるんです。もう、レベルが全然違う。そうかと思ったら、急に三日ぐらい「美術が違う」とか言って、稽古がなくなったりするし。

道尾:わあ、緊張しますね。

佐藤:そう、上演前から、その環境で具合が悪くなっちゃいました。でも、私にできることは本を読み込むことしかないんですから、原作と照らし合わせながら集中して読んだんです。

私はわりと台詞の入りは早いんで、試しにわーっとやってみせたら、蜷川さんからは「いいんじゃない。はい」と、その一言でおしまい(笑)。全然演出を付けてもらえなかったんです。あとで原作を読み返してみてわかりました。「あ、私、小説と同じ動きを無意識にしてた!」って。周りの人からは「わざとやってるんだと思った」って言われましたけど。失敗するのが怖くて怖くて原作を読み込んじゃってるから、脚本には「こう動く」みたいな細かいことは書いてないんですけど、原作とまったく同じ動きをしていたみたいなんです。あのときは役者さんがみんなそうなってましたね。

道尾:これも『気遣い喫茶』ですけど、「ガンバルマン」という章がありますよね。佐藤さんがお母さんから「頑張れば何でもできる」と言われ続けたという話。そこに「この日初めて口グセが約束になるということを知った」という文章があって、あれがすごくぐっと来ました。言葉を口にするというのは人間まで変えちゃうんだ、と思って。

おもしろいことをずっとやって生きていきたいな、とは思います(佐藤)

佐藤:これもお聞きしたかったんですけど、道尾さんは、一番のお気に入りの作品というのはありますか?

道尾:自分の作品ですか? それはやっぱり決められないです。だって、今21作品、子供が21人いて、どの子が一番好きですか? と聞かれているようなものですから。ただ、末っ子ほど出来がいいと思います。長男、長女も出来が悪いわけじゃないんですよ。ただ、わかりやすい。性格が(笑)。

佐藤:そうか、後から生まれた子ほど尖ってるかもしれないですね。自分も文章はそうですね。書けば書くほど、癖になるというか、脳と手と言葉とが、全部繋がっている感じになってきます。

道尾:そうですね。複雑化して、おもしろみのあるヤツができてますね。

――そろそろお時間になってしまいます。最後に、道尾さんからご質問があれば……。

道尾:はい。これは毎回お願いしようと思っているんですけど、今のお仕事を一生続けたいですか? というのをお聞きしたいです。

佐藤:私は一生続けたいですね。もちろん需要があれば、ということなんですけど、おもしろいことをずっとやって生きていきたいな、とは思います。できれば、その仕事の中で何かを伝えられればいいですね。

それは子供の頃から夢で、そうなるような気はしていたんです、なんの自信なのかわからないですけど。異様に目がキラキラしてる人っているじゃないですか? うちは家族全員、キラキラしてる家族だったんですよ。駅前とかで歩いてたら、全員、宗教団体に勧誘される、みたいな。(笑)。

道尾:(笑)。

佐藤:ただ、どこかで子育てに専念してみたいという気持ちはあるんです。私、すごい親バカになりそうです。マザコンに育てたいんですよ、男の子でも女の子でも。でも、親とか家族とか、応援してくださる人がいる限り、この仕事は続けていきたいですね。

道尾:いいことですね、それは。

佐藤:あとは、おばあちゃんになったときのこともよく考えます。歳とっておばあちゃんになったら、おっぱいとかちっさくしちゃおうかなって。昔のグラビアとか人に見せて、「これ、私ぃ」と言ってるとか。そういうおばあさんに私はなりたい(笑)。

道尾:なんですか、それは(笑)。

対談場所/スノードーム美術館 司会・構成/杉江松恋 撮影/丸毛透

作品紹介

球体の蛇

幼馴染であるサヨの死の秘密を抱えた17歳の友彦。ある日、彼は死んだサヨによく似た女性に出会う。彼女に激しく惹かれた友彦は、夜ごとその屋敷の床下に潜り込み、情事を盗み聞ぎするようになる。しかしある晩、思わぬ事態が待ち受けていた…。狡い嘘、幼い偽善、決して取り返すことのできないあやまち。矛盾と葛藤を抱えながら成長する少年を描き、青春のきらめきと痛み、そして人生の光と影をも浮き彫りにした極上の物語。

プロフィール

佐藤 江梨子(さとうえりこ)

1981年東京都出身。女優。主な出演作は「キューティーハニー」(04)「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」(07)「すべては海になる」(10)「Night People」(13)など。文筆家としても活躍。2003年に「気遣い喫茶」を上梓。現在、東京新聞で日替わりコラム「言いたい放題」連載中。今年6月に10年ぶりの写真集「es」弊社より発売。

道尾 秀介

1975年東京都出身。2004年、「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家としてデビュー。2007年「シャドウ」で本格ミステリ大賞、2009年「カラスの親指」で日本推理作家協会賞、2010年「龍神の雨」で大藪春彦賞、「光媒の花」で山本周五郎賞を受賞。2011年「月と蟹」で直木賞を受賞。近著に「カササギたちの四季」「水の柩」「光」「ノエル」「笑うハーレキン」などがある。

 

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