第2回 酒は日本酒、本は小早川涼(浅野温子)

浅野温子(女優)×小早川涼(作家)対談 女ふたりの江戸語り

更新日 2020.07.21
公開日 2013.06.03
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浅野温子:そもそも小早川先生が時代小説を書き始めたのは、どうしてなんですか?

小早川涼:昔から古典が好きで、学生時代から古典の成績は天才的に……ってちょっと自慢しすぎですけど(笑)、よくできたんです。

浅野:古典が好きだと、時代小説も好きになります?

小早川:すぐにはつながらないですよね。でも、私の場合、中学時代に永井路子さんの『北条政子』にハマってから夢中になって。

浅野:え、中学で『北条政子』。かなりおマセさんですよね?

小早川:本当ですよね。親が買った本を読んでたんです。

浅野:親に怒られませんでした?

小早川:部屋でこっそり読んでたから(笑)、親は知らないです。『北条政子』で、女の人ってこんなに強く書いてもいいんだぁって面白くなって。源頼朝なんて、本当に酷い目にあわされてるでしょ? 私の書いた惣介どころじゃないぐらい。

浅野:女の人が強い時代小説からハマったんですね。

小早川:そうです。それからこんな面白い世界があるんだと、お小遣いをやたら時代小説につぎ込むようになって、それでも足らなくて、図書館で借りて読んでました。いちばん好きだったのは、山本周五郎さん。

浅野:読むのが好きという段階から、書くほうにすぐ結びついたんですか?

小早川:本が好きだから、本を作る人――当時は編集者という職業名を知らなかったので、本を作る人になりたい、という憧れはありました。ただ、高校時代の勉強で、絶望的に数学ができなかったので、編集者の道は諦めて……。

浅野:え? 編集者って数学ができなきゃいけないんですか?

小早川:仕事についてからは、いらないかもしれないですけど。出版社の社員になるためには、いい大学に行かないといけないらしい。でも、うちの経済力では国公立しか行けない。ところが、それには数学ができないとレベル高い国公立には入れない。となると編集者は無理だな、と諦めちゃったわけです。

浅野:作家になりたいという思いはなかったんですか?

小早川:うーん、実はこっそりありました(笑)。でも、恥ずかしくて、口には出せないまま。隠れた遊びみたいな感じではけっこう書いたんですけどね。高校の古典の授業で『源氏物語』を習った時に、当時好きだった男の子を主人公にして、ノートに勝手に『エセ源氏物語』みたいなものは書いたりしてたんですよ。

浅野:えっ、えっ、それ読みた~い! 残ってます? 今から加筆して、出版したらどうですか?

小早川:ダメ、ダメ。好きな子の名前とか書いてるし。

浅野:ちょっと変えちゃえば、わからないですよ。

小早川:当時の憧れの君とその後同窓会で会ったら、やっぱり、おじさんになってて「ああ、そうなったのか……」って。十代の頃のロマンチックな思いはノートにしまっとくのがいいかなと思います。

浅野:年とっちゃうとね、みんないろいろね(しみじみ)。

小早川:仕事についてからも、結婚してからも、小説をこっそりは書いていたんですけどね。その頃は時代小説じゃなくて、純文学まがいや、コメディとか書いてました。でも、ものにならなくて、浅野さんがドラマ『チェンジ!』に出演されてた頃は、特殊な経験や勉強をしてこなかった私は作家にはなれないと一度は諦めていたわけです。それで40歳過ぎた頃に、大好きな時代小説を書けたら老後が楽しいだろうなと思って、創作教室に通い始めたのがきっかけで、また書くようになって。何度も手直しして書き上げた『将軍の料理番』が学研さんに認められてデビュー、となったわけです。

浅野:おかげで私たち読者は、先生の作品が読めるようになりました!

小早川:私は普通の生活しかしてこなかったけど、年を重ねて、いろんなものを見て、時代小説にたどりついて、やっと自分の世界が書けるようになったのかなぁと思います。……まだまだですけどね。

神話や古典の面白さを伝える『浅野温子 よみ語り』

小早川:浅野さんがやってらっしゃる、『よみ語り』というのはどんな舞台なんですか?

浅野:ひとりで、『古事記』の神話や古典作品をオリジナルに脚色して語る、という舞台を、全国の神社や舞台でやってます。

小早川:私、こもりきりの生活だからなかなか実現しないんですが、以前からぜひ拝見したいと思っていました。浅野さんがイザナミもイザナギも両方演じられるんですか?

浅野:男も女も両方演じます。私の場合、なぜか女より男を演じたほうが評判がいいんですよ(笑)。ひとりで演じてるので、そんなに微妙な演じわけはできませんけど。神話や古典の世界を、わかりやすく面白く伝えたいという思いがありまして。

小早川:私はまだ江戸時代しか描いたことないですけど。『古事記』も面白いですよね。黄泉の国の話なんて特に。

浅野:生まれたかと思ったら、いきなり夫婦別れかってところから始まって。あの破天荒さ、奔放さ、すごいですよね。

小早川:私、伊勢神宮の近くで高校時代まで過ごしたので、神話の世界はすごく身近に感じて育ったんです。

浅野:そうなんですか。伊勢神宮の境内で公演させていただいたのが、スタートなんですよ。

小早川:伊勢の内宮さんで?

浅野:ええ。五十鈴川のほとりで。遠くで鹿が「ケーン、ケーン」と鳴く声が聞こえる中、屋外に椅子を並べて。

小早川:あそこは、伊勢神宮の中でも荘厳な感じがいちばんするところですよね。

浅野:そこで、『黄泉の国』など3つの話をやらせていただいたんですけど、10月の夜に3時間近くも語っちゃいまして。終わってから抱きあって喜んでくださった方も多かったんですけど、私の舞台に感激したというより、寒いのが終わって良かったぁって感じだったみたいで(笑)。ご覧になった方から後で、「人生でいちばん寒かったです」とか言われてしまいました。

小早川:あー、内宮さんってけっこう寒いんですよね。

浅野:でも、あの場の力って凄いですよね。その後、出雲大社さん、それから全国のいろんな神社さんで公演させていただいてますけど、結界の中の力っていうか、神聖な力をすごく感じながらやらせていただいてます。

小早川:私は高校卒業して伊勢を離れるまで、日本全国どこでもあんな感じだと思い込んでたんですよ。大きな神宮さんがあって、ご神木があって、20年に一度は遷宮があるのが当たり前だと思ってました。歴史に親しむのには、とてもいい環境だったと思います。

「酒は日本酒、本は小早川涼」の推薦文

小早川:浅野さんが時代小説を読むようになったのは、いつ頃からなんですか?

浅野:私は30歳過ぎてから。オクテなんです。

小早川:何かきっかけはあったんですか?

浅野:日本映画を見るようになったのが大きいですね。それまで、日本の作品にあまり興味がなかったんですよ。というのは、うちの母親が連れて行ってくれた映画というと、『スーダラ節』とかドタバタ喜劇ばっかりでして(笑)。今見たらそれも面白いんですけど、子どもの頃ってカッコいい外国映画の世界に憧れるじゃないですか。それで外国映画ばっかり見てたんですけど、自分が映画でデビューして、日本映画も見るようになったら、素晴らしい作品がいっぱいあるということがわかって。ひょっとしたらそれまで避けてた時代小説もいいかな、と思って手をつけたら、もう夢中。池波正太郎さん読んで、山本周五郎さん読んで、隆慶一郎さん、藤沢周平さん、とにかくダーッと読みました。

小早川:この役をやりたい、とか考えながら読むんですか?

浅野:仕事のことは一切考えません! 時代小説は純粋に私の楽しみなんです。お酒を飲みながら、何もかも忘れて物語の世界にひたるのが、至福の時間。シリーズものとかすごい勢いで読んじゃいますよ。それで、1カ月ぐらいたって、忘れたころにまた読む。「あー残念、まだ覚えてる」とがっかりして、しばらく待ったりもします 。

小早川:その気持ちわかります! 本屋さんで同じ本を何回も買っちゃったりしてね。

浅野:家に帰って、「あったよ、これ」みたいことはよくありますね。

小早川:でもまた新鮮に読むことができて、やっぱり面白いってことになるんですよね。

浅野:だから、読んだ本でドラマでやりたいとかはあんまり考えないんです。でも、惣介の役なら演じたいですよ。

小早川:嬉しいですけど、浅野さんにメタボ体形のおじさん侍を演じていただくわけには……。

浅野:『春の絆』で、惣介が狸の毛皮を着せられて、江戸城内を探らされるって展開があったじゃないですか。もう大笑いした、すごく好きなシーンのひとつなんですけど。あの時は、私が狸の格好して惣介を演じたら可愛いかもってつい思っちゃった(笑)。

小早川:私もノリノリで書いたシーンですけど、「時代小説なのにギャグ漫画みたいで、これでいいのか?」っていう読者の方からの感想があったりして……。

浅野:私は大好きですけどね。でも、江戸時代のほうが今より毛皮は手に入りやすいはずだし、信ぴょう性はあるんじゃないですか。

小早川:大奥の廊下には、しょっちゅう狸が出たのは確からしいです。そういえば、浅野さんには『春の絆』の帯に、推薦文までいただいて、ありがとうございます。

浅野:「酒は日本酒、本は小早川涼」ですね。でも私が推薦したとたん、シリーズ新作が出なくなったのは、どうしてなんですか? 

小早川:どきっ! それは――(以下次号)

プロフィール

浅野 温子

TBSのテレビ小説「文子とはつ」に主演して注目され、以後は映画にテレビに大活躍。「あぶない刑事」「抱きしめたい!」「101回目のプロポーズ」「フリーター、家を買う。」など、多数の話題作に出演。2003年からは、神話や古典を題材にしたひとり舞台「浅野温子 よみ語り」をライフワークにしている。3月3日に初の著書「わたしの古事記『浅野温子よみ語り』」に秘めた想い」(PHP研究所)を出版。

作品紹介

わたしの古事記 「浅野温子よみ語り」に秘めた想い

 

小早川 涼

2009年「将軍の料理番」で作家デビュー。包丁人侍事件帳シリーズとして、「大奥と料理番」「料理番と子守唄」「月夜の料理番」「料理番 春の絆」を上梓。人間味のある多彩な登場人物、史実に即した料理、緻密に構成されたミステリーが織りなす新しい時代小説を構築し、人気を博している。

作品紹介

包丁人侍事件帖 料理番春の絆

江戸城台所人・鮎川惣介は元旦当番を押しつけられ、不平をこぼしながらの帰宅途中、暗闇の向こうから男の断末魔の叫び声が! 殺された男は、なんと倅の小一郎が通う読書手習所の師範、鰍沢露水だった…果して下手人は!? 読者待望の人気シリーズ第五弾!

定価:619円+税/学研プラス学研M文庫

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