第8回 マララはどこへ飛ぶ

時にはマララのように

更新日 2020.07.17
公開日 2014.12.24
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『わたしはマララ』を少し早すぎる自伝、と言う人もいます。またマララが数々の賞を受賞していることについて必ずしも好意的でない意見を言う人もいます。彼女はそのことを知っています。

 そのうえで本の中で言い切っています。

 わたしを支持してくれなくてもいい。平和と教育を訴えるわたしの考えを支持してほしい。

 決意、覚悟……そんな解釈ではすまされない、読む者の胸を突き刺すようなフレーズです。当時16歳であった少女が、心に孤独を宿しているように思えました。そして金原瑞人、西田佳子両氏による「訳者あとがき」にもあるように、いかに彼女を知らなかったかも痛感させられたのでした。

 本文を読み終え、巻頭にある33枚の写真を眺めると、マララは、緑の渓谷スワートに生まれたかわいい少女に戻っています。これからもぬいぐるみ(クマのぬいぐるみでしょうか?)を抱っこして読書をするのでしょうか。

 「マララは自由な鳥になれ」

  マララの父は、よく言っていたそうです。

 彼女は今、本当に自由な鳥となって空を飛んでいるでしょうか。

 そしてどこに飛んでいくのでしょうか。

 その飛んでいった先を『わたしはマララ』の続編で読みたいものです。

 わたしたちは日常生活の中で、いまある自由を実感できず、時に自らの翼を切り、人の翼も切ろうとし、束縛し生きにくくしているようなところがあります。だから『わたしはマララ』が伝えるメッセージには、わたしたちの人生を変え得る大切なものを含んでいるのです。

 時にはマララのように生きたい。

(初版発行人 脇谷典利)

 

マララ・ユスフザイ

パキスタンの女性人権活動家。1997年7月12日、北部山岳地帯のスワート渓谷に生まれる。11歳のとき、英BBC放送のウルドゥー語ブログに、グル・マカイというペンネームを用いて、日記を投稿し、注目を集める。女性の教育の権利を認めないタリバンの圧力に屈せず、「女の子にも教育を、学校に通う権利を」と訴えつづける姿勢が、多くの人々の共感を呼んだ。2012年10月9日(当時15歳)、スクールバスで下校途中に、タリバンに襲われる。頭部を撃たれ、生死の境をさまようものの、奇跡的に命をとりとめ、その後も教育のための活動を続けている。その勇気と主張が評価され、2011年にパキスタン青少年平和賞、2013年に国際子ども平和賞を受賞。『タイム』誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」の最終候補者4人のうちのひとりにもなった。2014年、史上最年少でノーベル平和賞を受賞。その他、数多くの賞を受けている。全世界の子どもたちがみな教育を受けられるよう訴えるとともに、NPO組織である「マララ基金」を通して、世界中の草の根団体や教育支援活動をサポートしている。
www.malalafund.org

 

作品紹介

わたしはマララ

「すべての子どもに教育を」と訴え、イスラム武装勢力に銃撃された16歳の少女・マララの手記。本書は、テロリズムによって生活が一変した家族の物語でもあり、女の子が教育を受ける権利を求める戦いの記録でもある。世界36か国で翻訳の話題作!

定価:本体1,600円+税/学研プラス

 

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