学研プラス(Gakken)が生み出す、数々の個性的で魅力的な商品・サービス。その背景にあるのはクリエイターたちの情熱だ。学研プラス公式ブログでは、モノづくりに挑むヒットメーカーたちの姿を、「インサイド・ストーリー」として紹介しています。今回の主役は、『大人の科学マガジン』編集長・吉野敏弘。前編では、今話題となっている、アナログレコードを読者自身で作れる組み立てキット「トイ・レコードメーカー」の制作秘話をお伝えしました。後編では、吉野自身の背景や、毎号話題となる『大人の科学マガジン』の人気の秘密、ルーツに迫ります。(前編はこちらから

完成品ではなく「組み立てキット」をふろくにする理由

 リリースするたびに話題となる、『大人の科学マガジン』。そのふろくは、すべて組み立てキットだ。購入してすぐに使えないというもどかしさを感じる読者も中にはいるかもしれない。なぜ、完成品ではなく組み立てキットなのだろうか?

「完成品のほうがはすぐに使えてよいという方もいらっしゃると思います。僕らとしても、組み立てキットを作るよりも、完成品を作る方がずっと簡単な部分はあるし、楽なんです」

 それでも組み立てキットにこだわるのは、手を動かして組み立てることで、機構や仕組みについて深く理解できるからだ、と吉野は言う。

「自分でイチから作ると仕組みが分かるし、どうやってレコード盤に音を刻んでいるかが理解できます。大人の科学の一番の狙いは、この一連の“学びながら作る”という部分にあるんです。四苦八苦しながら出来上がったものは、苦労した分愛着も強くなるし、自分で作ったから、自分で修理もできる。大人の科学はこの組み立てから実験までの“体験”を売っていると言ってもいいと思います」

 プロデュースの仕方にもこだわりがある。大人の科学マガジン編集部が企画を実現に向けて動かす際、重視するポイントは、企画アイデアが優れているかよりも、「ちゃんと量産できるか」ということだ、と吉野は言う。今回の「トイ・レコードメーカー」に関して言えば、ふろくのカッティング機能付きレコードプレイヤーを量産できる体制まで持っていかなくてはならない。これまで、名だたるオーディオメーカーでさえ尻込みしてきた代物を、だ。

「アイデア、着想ってもちろんすごく大事だけど、『大人の科学』で重きを置いているのは、それを作りきる、実現する、という覚悟を持てるものなのかどうかです。面白くても実現できなかったら、読者に届けることはできないですから。

 夢やひらめきを実現させるための試行錯誤とか、創意工夫、それが『大人の科学』という製品開発の醍醐味だと思っています。組み立てキットにこだわっているのもそこです。読者にも同じ楽しさを感じてもらいたいんです。手間がかかるほど愛情は深まるし、不便だからこそ高まる価値もあるんだと思うんです」

組み立てキットのふろくにハマる親の姿を、子どもたちが見ている。

「『大人の科学マガジン』のターゲットは、子どもの頃に学研の『科学と学習』を読んでいた大人たちですが、学研という会社は、そもそも子どもの教育について考えてきた企業です。『大人の科学マガジン』を大人が読んで楽しんでいる家庭で、自然とその家の子どもたちが、大人のやっていることを見て、科学に興味を抱く。そういう家庭がどんどん増えていったらいいなあと思います。好奇心のままに動く大人の姿を見て育つ“子どもたち”も僕らは視界にとらえているんです」

 大人が楽しめば、子どもたちも興味を抱く。そんな環境づくりの一端になればと作られている『大人の科学マガジン』。一方で、ビジネスとしてシビアに考えなければいけない部分もある。

「自分たちが楽しいと思うものを作りたい、という気持ちだけを優先してはいません。当たり前ですが、より多くの人に買っていただける製品を目指して、毎号企画制作しています。ただし、同じくらい大事なのが、読者にどれだけ深く刺さるかってことです。

 矛盾しているようで難しいのですが……たくさん売りたいがために、広く浅くばらまいて、短期間だけ受け入れられるような製品は『大人の科学マガジン』の企画としては、あまり向いていないと思っています。むしろ、購入する人数は少なくても、その方の心に、ものすごく深く刺さるようなふろくづくりを目指しています」 

理系出身ではないからこそ、読者に寄り添う誌面が作れる

 吉野は子供のころは科学大好きっ子でもなんでもなく、読書が好きな普通の少年だった。大学は法学部出身。バリバリの文系だ。とはいえ、『大人の科学』を作ってきたからには、そうとう科学に詳しくなったのでは?

「そう思いますよね? でも『大人の科学マガジン』って、毎回テーマがガラリと変わるんですよ。この前は二眼レフカメラで、その前はプラネタリウム、その前が活版印刷機で、その前がドローンといった感じです。それらを基本はオリジナルで作っていくので、毎回毎回、ゼロから勉強…という繰り返しです」

 前回のテーマで得た知識は、次の製品ではほとんど活かせない。ただ、テーマが違っても、調べるノウハウは蓄積されていく。結果、多くの知識から必要なエッセンスを引き出すことができるようになった。

 しかし、今回のテーマでもある“音”は最難関の壁であった。

「音のよしあしは人の感覚に依る部分が大きいんですね。たとえば騒がしい場所でも、人が相手の声を聞き分けられるのは、必要な音を選択する機能が脳に備わっているからです。カッティングしたレコードにのるノイズをゼロにすることは難しいけれど、脳がノイズキャンセルする機能に期待すれば、ある程度のノイズは許容できる。でも、その『ある程度』というのは数値化しづらく、実際に試作機で何百枚もレコードを作っては聞いていく中で、判断していくしかありませんでした。こういう部分が音響メーカーとはちがう、大人の科学的な作り方だと思います。長所と短所が不可分になっているんですね。」

 しかし、この半ば手探りで挑んでいく苦労があるからこそ、編集部の「知の冒険」の軌跡を、読者は自分のことのようにたどれる、ということになる。吉野が専門知識に浸かっている人間でなく、まったくわからないものを誰が見てもわかるところまで分解して理解していくから、『大人の科学マガジン』は一般の読者が楽しめる内容となっているのだろう。

目の前のことができなければ、次の道が開けない。

 吉野は、どのような子ども時代を送っていたのだろうか。

「平凡な話ですが、子どもの頃から小説を読むのが好きでした。物語の主人公になりきって、知らない場所に行ったり、人に出会ったりするのが楽しみでした。読書好きっていうと内向的な子どもを思い浮かべるかもしれませんが、僕の場合は、それほどでもなく、授業中よく手を挙げていたし、班の発表をするとか、クラス全員の前で何かを話すことは得意でした。何か言うべきことがあれば、はっきりと話せたんです。

 ただ、いきなり先生に指名されたりしたときなど、言いたいことがないときに前に出てしゃべるのは苦手で。前に出たとたんに泣いちゃうような。ちょっとアレ? って思われるような子どもでもあったんです」

 こうした自分のアンバランスさを、子どもながらに自覚していた吉野。そんなとき吉野が頼りにしたのが本の世界、小説や物語の世界だった。空想の世界に入り込むことが、吉野少年のバランスを整えていた。そしていつの頃からか、漠然と「本を作る仕事をしたい」と思うようになっていた。

 本を作りたいという強い思いを持ち続け、大学卒業後、学研へ就職する。

 最初に配属されたアニメ誌『アニメディア』を皮切りに、その2年後に学習編集部で『5年の学習』や『6年の学習』へ。さらに2年ほどで『5年の科学』と『6年の科学』を製作する科学編集部へ。さらに2年後には、『サイエンスキッズ』などのネットメディアを担当。転属は続き、その後は図鑑編集部で『ポケット図鑑』や『イラスト図鑑』を作っていた。ほぼ2年ごとに転属した後に、『大人の科学』を担当しはじめたのは、科学教材チームに配属となった2011年のことだ。

 目まぐるしく変化する仕事内容だったが、吉野はそのすべての仕事を楽しみ、全力で取り組んでいった。

「自分の中で仕事はこうあるべきだ、みたいなのは全然なくて。“目の前の仕事を頑張る”以外のことはあまり考えません。もちろん、自分のキャリアプランを考えたときに、今のポジションをどうとらえるかと考えることはあります。でも僕は基本、目の前のことができなければ、次のこともできないだろ、って考える性格なんです」

 いくつもの異なるジャンルの部署を転々としたものの、これまで担当した仕事の中で、「自分に向いていない仕事はなかった」と吉野は振り返る。

「僕は本を作りたくて学研に入りました。だから本の編集をしている今、仕事としては “やりたいことができて幸せ”なんだと思っています。であれば、与えられた役割をきっちりと果たしたいですね」

『科学と学習』のDNA

 そんな吉野の目の前にある仕事が『大人の科学マガジン』編集長としての仕事だ。これまでも紹介してきたとおり『大人の科学マガジン』は、小学生向けの『科学と学習』のメソッドを大人向けにアレンジしたふろく付きムックとして創刊された。その『科学と学習』は1946年に創刊された、学研を体現していたともいえる学習雑誌。湯本博文や西村俊之などの名物編集長も輩出している。吉野は彼らから、『科学と学習』のDNAをどのように受け継いだのか?

「西村さんは、僕が大人の科学編集部に入ったときの編集長です。『科学と学習』もそうだったんですが、『大人の科学マガジン』もふろく制作は、基本的に編集長の専任作業です。端から見ているだけでは、何をやっているかよくわかりません。だから編集長になる前に、丁稚(でっち)のように西村さんについて仕事を見ていました。企画の立て方や試作機の評価、原価のかけ方、スケジュール管理などを教わりました。何の役にも立たないときから、中国の工場へ連れていってもらい、今の人脈を紹介してもらったり、量産のチェックをさせてもらったりしましたね」

ものづくりに正解はない、でも妥協はしない

 ふろくのプラネタリウムを作ったときの話だ。プラネタリウムには全天の星空が12面体に分割された恒星原板を使用する。恒星原板には星の配置が精細に印刷されており、その精度がプラネタリウムの性能を大きく左右する。西村と吉野は、その恒星原板の最終調整のため中国の工場に出向いた。日中は作業が終わらず、ホテルに戻って調整を続けていた。2人で部屋にこもり、星の出力データを1ピクセル単位で調整しては、工場に校正を出してもらう作業を繰り返した。 

「工場スタッフは一生懸命で、夜中の2時くらいでも、どんどんホテルに持ってきてくれる。それを西村さんが試していって『ダメだなぁ』とか言っているんです。1ピクセル単位って、正直ほとんど変わらないんですよ。でも、西村さんと一緒に部屋の壁に投影された星空を真剣に見ていると、少しずつ雰囲気が変わってきた。わずかな調整をしたおかげで、最終的に納得のいく星空ができたんですね。ふろくづくりには、正解がない。でも“これが正解かもしれない”というところまで、突き進められるかどうか、安易な妥協をしない姿勢を見せてもらった気がします」

10年続ければ、誰もが“何者か”に、なれる

 さまざまな部署を経験してきた吉野が明るい表情でいうのは、「どんな仕事も10年やればものになる」ということだ。これは、作家の吉本隆明氏が何かのインタビュー記事で言っていた言葉なのだとか。

「10年ってすごく長いですよね。でも、なにごとも10年打ち込めば、たとえその道の専門家ではなくても、何者かにはなれるということです。

 僕はまだ『大人の科学』で9年目なので偉そうには言えないんですけど(笑)。もともと科学大好きっ子でもなく、今の部署に来るまで理系の要素がなかった僕でも、編集長を務めることになりました。大事なのは今いる場所で情熱を持って続けられるかなんですよね。

 キャリアの歩み方にも、企画の進め方にも共通すると思うんですが、“粘る”って行動は、成功の確信がないから粘るんだと思うんです。どうなってしまうか分からない状態になったとき、僕は開き直って結構粘れるんですよね。粘るというのは、言い換えれば、正解がないものに対して、『それが正解かもしれない』と信じて、自分を追い込んでいくということです。

 成功する可能性は高くない。むしろ失敗する可能性の方がすごくあります。

 でも、目の前のことを必死に粘り倒してやりきったら、失敗したとしても『うん、しようがない!』って開き直れますよね。それは自分のことだけじゃなくて、後輩や同僚が失敗しても『ここまでの失敗は見たことないわ~』なんて言いながら、『じゃあ挽回策を考えよう』って、サラッとマインドを変えられますし。」

 淡々とした口調で話す吉野が、最後に語ったのは「粘り」と「情熱」の重要さ。目の前の与えられた役割に情熱をもって取り組んでいく姿勢は、「仕事人」として、もっとも重要な要素なのだ。

(取材・文=河原塚 英信 撮影=多田 悟 編集=井野 広、齊藤 剛)

クリエーター・プロフィール

吉野敏弘(よしの・としひろ)

 埼玉県出身。大学の法学部を経て、1999年に学習研究社(現・学研ホールディングス)に入社。アニメ誌、学年誌、WEBメディア、図鑑編集部などを経て、科学教材を担当する部署へ。大人の科学には2011年から携わる。

担当作品紹介 

『大人の科学マガジン トイ・レコードメーカー』

 スマホをつないでオリジナルのレコードを作れるキット。両面使える5インチのブランクレコード10枚付属。片面につき最大3~4分記録できる。33/45rpm切替。3.5mmミニプラグ、USB電源ケーブル同梱。スピーカー内蔵でEP盤も聴ける。

公式サイト

 

『大人の科学マガジン 小さな活版印刷機』

 レトロでかわいい活版印刷機「テキン」をふろく化。1文字ずつ活字を拾って言葉を紡ぎ、ハンドプレスで紙に印刷する。温かみのある手作りの名刺や年賀状、メッセージカードが作れる。凹凸やかすれの残る、活版ならではの印刷を再現できる専用紙つき。

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