人間の五感の中で、味覚は比較的鈍感なものです。
テレビなどで、一流のプロが作ったチャーハンと、素人が作ったチャーハンを食べ比べる味覚診断ゲームを見ると、けっこう間違えています。目隠しをすると、さらに見極めるのは難しくなります。
でも、「○○店の○○シェフが作った」と言うと、みんなありがたがって「おいしい、おいしい」と食べます。
つまり、食べる前がとても大切ということです。
たとえば、お鮨屋さんでマグロのサクを出されて、「大トロ、いきますね」と、目の前でそれをさばいて握ってもらうと、食べる前に脳は「うまい!」というデータを流しています。「おいしいに決まっている」という気持ちで食べますから、さらにおいしさが増します。よほどのことが
ない限り、それはおいしいのです。
ラーメン店でも、同じことが言えます。
チャーシューをドカンと中華包丁で切ったり、ゆで上がった麺の湯を切る所作が美しかったり、ラーメンが出てきた時にトッピングがキレイだったりして、「うわっ」と期待感が高まっていたら、間違いなくおいしいのです。
食べる前に、8割方勝負は決まっています。
宮本武蔵は、『五輪書』の中で、「敵の太刀、ひかん、はづさん、うたんと思ふ心のなきうちを打つ」と書いています。相手の心構えができる前に、素早く攻撃をするというやり方です。
これを「卑怯なり」となじるような武芸者もいたようですが、そんなことを言っているうちに、斬られてしまっては勝負になりません。
相手が戦う気持ちになる前に、こちらから勝負をかける。
これは、ビジネスの局面でも十分に使える極意です。
「麺屋武蔵 武骨(ぶこつ)」では、大きな豚肉の塊を、お客様の目の前でカットします。
オープンキッチンなので、お客様から丸見えです。
そこで、肉の塊をまん丸のまな板にのせ、大きな包丁で叩き切っていくのです。
厨房は、お客様から注目される舞台です。
ここまでやれば、お客様の食欲をしっかり刺激することができるはずです。
けれど、エプロンが真っ黒だったり、店が汚なかったりすると、「ホントにおいしいものが出てくるのか」と感じてしまいます。
「大丈夫か?」と不安に思っていると、すごくいいものが出てきたとしても、「やっぱりちょっとイマイチだな……」
と思ってしまったりするものです。
戦う前に、すでに勝負がついてしまうわけです。
だから、「食べる前に、勝つ」ことが大切なのです。
(※この連載は、毎週木曜日・全8回掲載予定です。5回目の次回は4月6日掲載予定です。)
矢都木 二郎 (やとぎ じろう)
株式会社麺屋武蔵 代表取締役社長。
1976 年 埼玉県生まれ。
創業者・山田雄のイズムを継承し 常に「革新的で上質」なラーメン店作りを目指す。
ラーメン界の新しい取り組みとして コラボレーション商品を多数提案。ロッテ カルビー 旭酒造といった企業から 自治体や生産者まで 幅広くコラボレートして 多くの革新的なラーメンを生み出す。「チョコレートからフルーツまで ラーメンにできない食材はない」と語り ラーメン店の無限の可能性に挑戦し続けている。
ラーメンの創作活動の傍ら 経営者として 業界の職種的地位向上に尽力。さらに職場環境 待遇の積極的改善 「料理ボランティアの会」を通じてのボランティア活動などを積極的に行っている。
◆主な経歴
・2001 年 株式会社麺屋武蔵 入社
・2003 年 「 麺屋武蔵 武骨」店主に就任
・2004 年 「 麺屋武蔵 新宿総本店」店長に就任
・2013 年 株式会社麺屋武蔵 代表取締役社長に就任
作品紹介
20年間、業界のトップを走り続けるラーメンの名店・麺屋武蔵。創業以来脈々と伝わる「成功の極意」を2代目社長が語る。
定価:本体1,300円+税/学研プラス