第1回 カッコ悪くて懐の深い男を描きたい(小早川涼)

浅野温子(女優)×小早川涼(作家)対談 女ふたりの江戸語り

更新日 2020.07.21
公開日 2013.04.22
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浅野温子:初めまして、ですよね。『包丁人侍事件帖』シリーズはずっと好きで読ませていただいているので、作品はすごく身近な気がしてましたけど。

小早川涼:ありがとうございます。浅野さんが、テレビ番組の『ソロモン流』で「私のお気に入り」として私の本を取り上げてくださって、夢のようでした。取り上げてもらえるだけでも嬉しいのに、よりによって大好きな浅野温子さんが薦めてくださったなんて。「頑張って書いてきて良かったぁ」と、しばらくふわふわ宙に浮いた気分だったんですよ。

 

浅野:私は小早川作品に惚れて、勝手に応援団をやらせてもらってるって感じなんですけど。先生はこの対談で、初めてお顔を出されるんですって?

小早川:はい。そうなんです。

浅野:それは、作家として、読者には姿を見せないほうがいいという、お考えがあってですか?

小早川:いえいえ。たまたま機会がなかっただけというのもあるし。浅野さんみたいに綺麗だったら、「こんな美人が書いてるのか」って本が売れるような気がするけど。私なんかじゃ、売れ行きが落ちる気がして……。

浅野:そんなぁ。でも、私は作家の顔で本は買わないですよ。「私は美しい」って感じの著者写真が載ってる本は、かえって「作品はどうなの?」って疑っちゃう(笑)。

小早川:一応ペンネームも、男女どちらかわからないようにしたんですよ。たまに「女が書いた時代小説が読めるか」という読者もいらっしゃるので。

浅野:私のまわりでは、作品を読んで小早川先生が男性かと思ってたという人も多いんですけど、私、勝手に女性だとイメージしてました。

小早川:そうなんですか?

浅野:だって、男だったら、鮎川惣介みたいなドラえもん体形のカッコ悪い男を主人公にしないでしょ? 私、そこがまず好きなんですけど。

小早川:メタボ体形の主人公はこれまでの時代ものにはなかったと思います。そんな惣介が私としてはちょっと自慢なので、気に入って下さって嬉しいです。

浅野:私、カッコ良くて、剣が出来てという主人公は、あまり入り込めなくて。そこへいくと、惣介は走ると息切れするし、剣術は弱いし、いっぱい負の要素を持ってる愛すべき存在じゃないですか。 まわりの登場人物も何か欠けてる人たちばかりで、でもだからこそお互いを必要としていて、寄り合って何かをなしていくみたいな感じが、好きなんですよ。それに、惣介も他の男の人も、あんまり家族に大事にされてないじゃないですか。奥さんに辛くあたられてたり、子どもに生意気な口をたたかれてたり。そういうところが、女性の作家でなきゃ描けない部分だと思ってたんですよ。男性作家はそこ書かないもん。

小早川:理想の女性を書いたものが多いですよね。外の世界で辛い思いをしていても、家に帰ると自分につかえてくれる優しい奥様がいるっていう。

浅野:どんなにしょぼくれていても、家族には愛されるっていうのは、男にとって最後の砦なんでしょうね。

小早川:女性を生き生きと動かしたい、というのはひとつの大きなテーマなんです。私も時代小説が好きでたくさん読みますけど、控えめで聖母のような妻とか、艶っぽい美人とか、女性のパターンが決まりがちでしょ? 江戸時代だって、自分勝手だったり、言いたい放題だったり、遊び好きだったりする女性はきっといたわけで。そういうありのままの女性と、それを受け止められる懐の深い男性を描きたい、という思いは強いですね。

浅野書かれている料理が、すべて「旨そう!」っていうのも、好き。私、お酒飲みながら時代小説を読むので、料理のシーンは特に嬉しくて。

小早川本当ですか? インターネットで「この人は料理をしたことがないに違いない」という感想をみつけたことがあって、思わず「主婦でもあるのでお料理はするんですけど、表現が向上するよう精進します」とお返事を書いたら、「事情を知らなくて申し訳ありません」と謝られちゃいました(笑)。

浅野:そんなことがあったんですか? 私は、惣介がおいしそうに食べてるシーンは、大好きだし。惣介が作ってる料理も旨いに違いないと思って読んでるけど。そもそも、台所番という仕事を描こうと思ったのはどうしてなんですか?

小早川:「刀でなく包丁でご奉公をした幕臣もいた」という一文を、『江戸幕府役職集成』という本で見つけてびっくりしたのがきっかけなんです。考えてみれば、将軍だってご飯を食べるわけで、それを誰かが作ってるのは当たり前なんですけど。それが、町人ではなく侍が料理しているというのが興味深くて。台所番を主人公にした小説を思いついたんです。江戸時代のサラリーマンもの、として描けるというのも面白いという気がしました。

浅野:将軍って、葱食べちゃいけないとか、温かい料理は食べられないとか、やんごとなき身分の人は大変だなぁって痛感しました。その分、惣介がこっそり持っていった料理を、家斉がおいしそうに食べてくれるシーンにホっとするんですよ。徳川家斉って歴史的には、側室がたくさんいて、子どもポコポコ作って、好色将軍みたいな、滅茶苦茶な言われ方されてるけど、そんな悪い人じゃないじゃん、って気になってくる。

小早川:この作品で家斉のイメージが変わると、嬉しいですね。いろんな資料を見てると、親孝行で情の深い人という感じが、私もしていますから。

浅野:登場する料理の献立は、どうやって考えるんですか?

小早川:基本的には、資料に忠実に書いてます。『春の絆』で書いた将軍家のお正月料理などは、本当に家斉が食べていた料理そのまんまなんですよ。

浅野:自分でも作られるんですか?

小早川:将軍家のフルコースは無理ですけど。鶴の肉なんかは、今は手に入らないし(笑)。でも、普通のものは作って試しますよ。『大奥と料理番』に出てくる茄子の味噌汁は、茄子を剝いて、擂って、水に放して灰汁をとって、絞って、と手間がかかるけど、本当においしいんですよ、つぶつぶしてて。お勧めです。

浅野ドラマに励まされ、打ちのめされた

小早川:こんなに浅野さんが時代小説をお好きだとは思いませんでした。実は私、『ママハハ・ブギ』(1989年放送)の頃から浅野さんの大ファンなんですよ。こんな美人なのに、ハチャメチャなコメディを思い切ってやっちゃうところが特に好きで。

浅野:若い時は、コメディばっかりやってましたからね。

小早川:あまりにも好きすぎて、恋愛ドラマに出演された時は、相手役の男に「私の浅野さんに近寄るんじゃない!」と、ひとりで腹を立ててたこともあるぐらい(笑)。

浅野:ハッハハ。私のドラマを見てご立腹されたとは(笑)。

小早川:もちろん、喜んで観てるんですけど、入り込みすぎちゃうんです。浅野さんのドラマに励まされもし、打ちのめされもしました。『チェンジ!』(1998年放送)が放送された時、私、子どもふたりを抱えて、日常にふりまわされていて、こんな平凡な毎日を送ってる私には、小説家になりたいという夢は叶えられそうにないと諦めかけていたし。その上、家族に病人も出て、精神的にはどん底だった時期なんですね。そんな時、『チェンジ!』で浅野さんのハジけた演技を見るのだけが、一週間に一度の楽しみで、本当に心の支えだったんです。

浅野:『チェンジ!』って、母と娘と魂が入れ替わっちゃうっていうコメディですよね。

小早川:本当、面白くて。だから、打ちのめされもしたんです。『チェンジ!』みたいな笑いの中にも人間がきちんと描けている物語ができないんだったら、小説書くのやめちゃえと、絶望もしていました。

浅野:そんなぁ……。私が絶望の原因ですか。申し訳ありません!

小早川:脚本家の倉本聰先生が主宰されてる、富良野塾ってあるでしょ? 北海道で農作業しながら、俳優や作家になる勉強するっていう学校。あそこに飛び込むぐらいの根性があって、特殊な経験をしないと小説家にはなれないと思い込んでいたフシが、私にはあったんですよ。

浅野:そこまでしなくても、大丈夫じゃないんですか?

小早川:今思うと、そうなんです。ただ、『チェンジ!』の頃はそう思い込んでいて。その後も浅野さんの出演ドラマに励まされたりしつつ。私は、特殊な経験や才能がないと小説家になれないと思い込んでいたけれど。子どもを育てるとか、家族のために料理を作るとか、そんな平凡な日常の中で、泣いたり笑ったり怒ったりしてることは、ムダじゃないんじゃないか、それも創作につながるんじゃないか、だんだん思うようになって。……というのが40歳過ぎた頃ですかね。あ、年がバレるようなこと言っちゃった(笑)。

浅野:私も全国の神社などを回って、神話や古典を語るひとり舞台『浅野温子 よみ語り』を始めたのは、40歳過ぎてからです。さすがにいい年して、コメディしかできないんじゃいかんなぁと思い始めたもんで。

小早川:最近の『フリーター、家を買う。』(2010年放送)や、『いつか陽のあたる場所で』(2013年1月~3月放送)の微妙な表情のシーンとか、本当にいろんな演技ができる女優さんなんだなぁって、また夢中で見てしまっています。たぶん、お綺麗な方だから、まわりは美人という枠にはめようとしがちだと思うんですけど、それをどうやって破ろうかと闘ってるところがね、すごく憧れるんですよ。

浅野:いやぁ、モテちゃったよ。私、男にはからっきしモテないんだけど、女性からはときどきモテるんですよね(笑)。それで、そもそも小早川先生が時代小説を書き始めたのは、どうしてなんですか?

小早川:それは――(次号に続く)

プロフィール

浅野 温子

TBSのテレビ小説「文子とはつ」に主演して注目され、以後は映画にテレビに大活躍。「あぶない刑事」「抱きしめたい!」「101回目のプロポーズ」「フリーター、家を買う。」など、多数の話題作に出演。2003年からは、神話や古典を題材にしたひとり舞台「浅野温子 よみ語り」をライフワークにしている。3月3日に初の著書「わたしの古事記『浅野温子よみ語り』」に秘めた想い」(PHP研究所)を出版。

作品紹介

わたしの古事記 「浅野温子よみ語り」に秘めた想い

 

小早川 涼

2009年「将軍の料理番」で作家デビュー。包丁人侍事件帳シリーズとして、「大奥と料理番」「料理番と子守唄」「月夜の料理番」「料理番 春の絆」を上梓。人間味のある多彩な登場人物、史実に即した料理、緻密に構成されたミステリーが織りなす新しい時代小説を構築し、人気を博している。

作品紹介

包丁人侍事件帖 料理番春の絆

江戸城台所人・鮎川惣介は元旦当番を押しつけられ、不平をこぼしながらの帰宅途中、暗闇の向こうから男の断末魔の叫び声が! 殺された男は、なんと倅の小一郎が通う読書手習所の師範、鰍沢露水だった…果して下手人は!? 読者待望の人気シリーズ第五弾!

定価:619円+税/学研プラス学研M文庫

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