真央さんへの最初のインタビューに備えて、また、物語をどうつくっていくかの打ち合わせを兼ねて吉田さんとオフィス内でミーティングを行った。
物語のプロットの方向性を定めること。それはすなわち、これから何をどうきいていくかということにもつながっていく。
物語づくりに軸を与える古典的な手法にライバル構図というものがある。
明と暗。
正と邪。
この二項対立による物語の構成は、物語にわかりやすさを与える。メディアでスポーツをとりあげるとき、よく使う、ステレオタイプな構成だ。わかりやすさ優先であれば効果的な手法である。
吉田さんに投げかけると、吉田さんは、う~ん、とつぶやいて、即答しなかった。
「そうは感じませんね…。わかりやすさを求めたいのはよくわかります。しかし、違和感を覚えます。ライバル構図には…」
結局、これにはすぐに結論が出ないままに、資料読み込みの作業に移った。資料読み込み作業とは、これまで世に出ている書籍や雑誌、新聞の記事。それをすべて時系列に読み込んでいく作業だ。吉田さんは驚くべきことに、それらの文字資料をすべて打ち込んでひとつのワードファイルにまとめてきてくれた。数百枚に及ぶ、恐るべき分量。その資料を前に圧倒されていると、吉田さんは、決然と言った
「これから、これをすべて読み合わせしましょう」
読み合わせは、黙読ではない。声に出しての読み合わせである。しかも、大音声(だいおんじょう)での、読み合わせ。なぜ音読なのか。なぜ大声なのか。いつから、私は、俳優養成学校に入ったか。
読み合わせは、午前2時すぎまでつづいた。そこからディスカッションをはじめる。どこに物語の核をもってくるか。不足している情報は何か。2時間ほどのディスカッションのあと、再び、ライバル構図の話題になった。
夜が白みはじめていた。朦朧とした頭ではあったが、そのときにはもう答えが見えていた。
ライバル構造は、ありえない。
彼女は、人と自分とを決して比べない。
あの人に勝ちたいとか、あの人さえいなければといった感情をいっさい抱かない。彼女が向き合ってきたのは自分自身、そして白いリンクだけだ。
物語にライバル構図を入れ込むことは、できなくはない。しかし、それは今回については偽りとなる。虚構は、目指すところではない。
「吉田さん、ライバル構図は、やめましょう」
そう言うと、吉田さんは、納得の微笑みを浮かべてうなずいた。
「そうですね。わたしもそう確信しました。わたしたちが描くのは、『真実』だけにしましょう」
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