TEDトークの人気が高まっています。ファンだという人も多いでしょう。これを運営するTEDは1984年に創設された非営利組織で、その名称は「テクノロジー」「エンタテインメント」「デザイン」の頭文字を取ったものです。TEDの使命は「価値あるアイデアを世の中に拡散する」というものです。
ユニークなのは、TEDが採用するアイデア拡散の方法です。専門分野の論者が18分間程度の時間内で聴衆にプレゼンテーションする方式でアイデアの拡散をめざすのです。このプレゼンテーションが「TEDトーク」にほかなりません。
TEDトークに登壇する人物の研究分野は非常に多岐にわたり、教育者、社会心理学者、リーダーシップのエキスパート、作家、神経科学者、モデル、音響コンサルタントと、数え上げればきりがありません。こうした多様な人々が語るテーマもさまざまです。
以下は、TEDが入門者に推薦する25のテーマの一部です。たとえば「学校は創造性を殺すのか?」「ボディ・ランゲージがあなた自身を形作る」「脆弱性の力」、さらには「オルガムス、あなたの知らない10のこと」などというものもあります。
では、TEDトークに哲学者は登壇するのでしょうか。もちろん登壇しています。
その顔ぶれには、本書(『超図解「21世紀の哲学」がわかる本』)でふれるジョン・サールやデイヴィッド・チャーマーズ、ダニエル・デネットらがいます。いずれの哲学者も、人間の心や意識を専門的に研究しています。プレゼンテーションのテーマも意識に関するものが中心で、「共有された状態──意識」(サール)、「あなたは意識をどう説明しますか?」(チャーマーズ)、「意識の幻想」(デネット)などとなっています。
TEDトークは現代思想の発信の場
では、このTEDトークと哲学との関係について考えてみましょう。先にもふれましたが、TEDトークは価値あるアイデアの拡散をめざしています。
この点をもう少し詳しく述べると、TEDでは、アイデアには人の態度や生き方、最終的に世界を変える力があると考えており、そのようなアイデアの持ち主を見つけ出し全世界に向けて発信する場として、TEDトークを運営しています。
ここで、「アイデア」を「思想」と読み替えてください。そうするとTEDトークは、価値ある思想を世界に向けて発信する場となります。そしてその思想とは、プレゼンテーションする個々人がもつ思想にまで、細分化されたものです。
ポストモダン以降、哲学は分極化・専門化され、それが哲学以外の思想と融合して現代思想を形成しました。つまりTEDトークとは、個人まで細分化された現代思想をプレゼンテーションする場だといえそうです。これは、ギリシア時代にプラトンが設立した学校アカデメイアで繰り広げられた議論の現代版のようにも思えます。
分極化・専門化された現代の思想ですが、依然としてその背景には「知への尽きぬ情熱」があることは間違いありません。TEDトークに人気があるということは、知への尽きぬ情熱をもつ人々が大勢いることを示す証拠ではないでしょうか。
TEDトークの熱いブームと哲学の静かなブームとは、実はコインの表裏なのかもしれないのです。
(※この連載は、毎週金曜日・全8回掲載予定です。3回目の次回は4月21日掲載予定です。)
中野 明 (なかの あきら)
ノンフィクション作家。1962年、滋賀県生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。同志社大学非常勤講師。「情報通信」「経済経営」「歴史民俗」の3分野をテーマに執筆活動を展開。
著書は『超図解 勇気の心理学 アルフレッド・アドラーが1時間でわかる本』『超図解 7つの習慣 基本と活用法が1時間でわかる本』『一番やさしい ピケティ「超」入門』『超図解「デザイン思考」でゼロから1をつくり出す』『超図解 アドラー心理学の「幸せ」が1時間でわかる本』(学研プラス)ほか多数。
作品紹介
21世紀の諸問題に対面する我々の思考の武器=哲学の「現在」を超図解で鮮やかに解きほぐす。人生論を超えた哲学の本質に迫る。
定価:本体1,200円+税/学研プラス
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