麺屋武蔵では、細かいところまで約束ごとがあります。
たとえば、ダスター(台ふきん)のたたみ方です。
麺屋武蔵では、お客様がダスターを使うことはありません。拭くのはスタッフの仕事です。ダスターはカウンターの上など、あちらこちらに置いてあります。お客様から見えないような場所にも置いてあります。
このダスターをすべて同じたたみ方にして、折り目のほうをお客様に向けて置くと、整理された印象になります。これを、スタッフ個人個人にまかせてバラバラにしていては、店の印象が雑なものになってしまいます。
ダスターのたたみ方が統一されている店と、そうでない店とは、お店全体の印象が違ってくるのです。
お客様は、意識して見ているわけではありません。けれど、ダスターのたたみ方が統一されている店で時間を過ごしたあとは、「なんとなくスッキリとして整っている店だった」という印象を持たれます。
それが「キレイなお店」と「散らかっているお店」という、評価の分かれ目になります。
些細なことが、積もり積もって、大きな差となって表れるのです。
売れる店と売れない店を比べた時、一見全然違うように見えますが、実は細かいことが積み重なって、大きな違いに見えています。
実は、お客様の印象を左右するのは、細かい部分なのです。
ダスターのたたみ方以外にも、麺屋武蔵には、たくさんの約束ごとがあります。
ご提供する際に、丼(どんぶり)の正面をお客様に向けて出す(見た目を美しくするため)。
食器を下げる時にはカウンターの下を通す(お客様の目に触れないためと、万が一の時もお客様側に落ちないようにするため)。
カウンターを拭く時には、箸箱や調味料などを移動させる(すみずみまできっちりと拭くため)。
女性やお子様に水を出す時には色のついたグラスを使う(お客様が気づかないところにも、おもてなしの気持ちをこめるため)。
店に入ったばかりのスタッフは、最初「そこまでやるのか」と思うはずです。
お客様側から見ると、「ここまでやってくれるのか」となります。
「小さいこと」を積み重ねると、「大きな感動」が生まれるのです。
感動は、細部に宿ります。
ただし、これは、精神論だけではできません。
「物理的な工夫」も必要です。
たとえば、「丼の正面をお客様に向けて出す」という約束ごとがあります。
丼の内側には、「麺屋武蔵」というロゴが入っています。お客様に丼を出す時は、そのロゴを正面にして出すのですが、現場から「どうしても丼が左右に微妙にブレてしまう」という声が出ました。
カウンターの上からお客様にラーメンを提供をする時には、手を伸ばします。そうすると、「麺屋武蔵」のロゴは丼の手前側になるので、スタッフの死角に入ってしまい見えないのです。
そこで解決策として、「麺屋武蔵」のロゴから180度反対側に、スタッフから見える目印の模様を入れたのです。
目印があれば、丼は左右にブレません。スタッフが、その目印に正対して丼を持てば、自然と「麺屋武蔵」のロゴはお客様の真正面を向くのです。
細かいことを積み重ねるためには、細かい工夫が必要です。
意識だけでなく、物理的な工夫もあって、初めて細かい約束ごとを実施できます。
(※この連載は、毎週木曜日・全8回掲載予定です。6回目の次回は4月13日掲載予定です。)
矢都木 二郎 (やとぎ じろう)
株式会社麺屋武蔵 代表取締役社長。
1976 年 埼玉県生まれ。
創業者・山田雄のイズムを継承し 常に「革新的で上質」なラーメン店作りを目指す。
ラーメン界の新しい取り組みとして コラボレーション商品を多数提案。ロッテ カルビー 旭酒造といった企業から 自治体や生産者まで 幅広くコラボレートして 多くの革新的なラーメンを生み出す。「チョコレートからフルーツまで ラーメンにできない食材はない」と語り ラーメン店の無限の可能性に挑戦し続けている。
ラーメンの創作活動の傍ら 経営者として 業界の職種的地位向上に尽力。さらに職場環境 待遇の積極的改善 「料理ボランティアの会」を通じてのボランティア活動などを積極的に行っている。
◆主な経歴
・2001 年 株式会社麺屋武蔵 入社
・2003 年 「 麺屋武蔵 武骨」店主に就任
・2004 年 「 麺屋武蔵 新宿総本店」店長に就任
・2013 年 株式会社麺屋武蔵 代表取締役社長に就任
作品紹介
20年間、業界のトップを走り続けるラーメンの名店・麺屋武蔵。創業以来脈々と伝わる「成功の極意」を2代目社長が語る。
定価:本体1,300円+税/学研プラス