大人の科学マガジン プラネタリウム専用電球ができるまで―前編― 「細渕電球の 100 年電球」
大人の科学マガジン 細渕電球特注版 ピンホール式プラネタリウム
『大人の科学マガジン 細渕電球特注版 ピンホール式プラネタリウム』は、何万個もの星を投影して、圧倒的な星空と天の川を精巧に再現する。星ひとつひとつの輝きを生み出しているのは、日本の職人による手作り電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」だ。製造するのは、東京都荒川区にある細渕電球株式会社。昭和13年創業の同社は、医療機器用など特殊な電球を手作りで製造する老舗メーカーだ。
細渕電球で作られる電球は、通称「100年電球」とも呼ばれる。「GAKKEN-HOSOBUCHI」もそのひとつだ。なぜこの電球が「100年電球」と呼ばれるのか。そして、なぜ細渕電球は手作りにこだわるのか。その製造現場を訪れ、職人の技術に触れた。

▲大人の科学マガジンのために作られたプラネタリウム専用電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」。
「職人技術で他にはないものを作る」—社長の思い
「今、電球市場は大きな変化を迎えています。」
そう語るのは、細渕電球株式会社の高橋建志(たかはしけんじ)社長。LEDの普及により、世界的に白熱電球の需要は大幅に減少している。日本の大手電球メーカーはすでに生産を中止しており、ほかにも白熱電球の生産から撤退していく会社は多い。さらに、電球の寿命を延ばすために使われる貴ガスは輸入がほとんどだが、主な供給国であるロシア・ウクライナの情勢が急激に変化したため、ガス価格が高騰し、状況を一層厳しいものにしている。

▲電球への思いを語る高橋社長。
しかし、そんな中でも細渕電球は特殊電球を作り続けている。
「うちは、ただ電球を作ってるんじゃない。機械では決して作れない、職人の技が詰まった電球を作っているんですよ。フィラメントを取り付ける職人は10年選手、ガラスを焼く職人は30年選手、ガラス内を真空にする職人は10年選手、口金を固定する職人は20年選手。電球が完成するまでの工程に携わる職人の職歴を合計したら100年を超えます。その技でうちの電球が成り立っているのです。」
今回のプラネタリウムの特注電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」も、その職人技の結晶のひとつだ。
「このプラネタリウムは、ボール型の投影機の中心にあるたった1個の光源で部屋いっぱいに星を映し出しますね。よく、LEDのほうが明るくてよいのではと聞かれることがあるのですが、光を全方向に均等に放つためには、じつはLEDより電球のほうが向いているのです。ただ、上下左右どの方向を見ても星の形が小さな点として見えるためには、光のムラがない、極めて小さなフィラメントを持つ特殊な電球が必要とされます。」そうした厳しい条件をクリアするために開発されたのが、GAKKEN-HOSOBUCHIだ。直径わずか0.55mmの点光源を実現し、光の歪みを最小限に抑える。通常の電球とは異なり、極めて繊細な調整が求められるこの電球は、すべて職人の手によって作られている。
では、この電球はどのように作られているのか。その工程を追ってみよう。
―継線―0.55mmの極小フィラメントの接着
プラネタリウムの特注電球は、1日にわずか120個しか生産されない。それは、ひとつひとつが職人の手で丁寧に作られているからだ。
まずは、電球の中で光を発するフィラメントを接着する工程。「継線(けいせん)」と呼ばれるこの作業は、プラネタリウム専用電球の心臓部とも言える。

▲拡大レンズを使い、コンマ数mmの世界で精密に溶接をする。

▲わずか0.55mmの極小フィラメントをピンセットの先でつまむ。正確さと繊細さの両方が求められる。

▲極小フィラメントをステムに溶接する作業。
フィラメントは、太さわずか0.047mmの極細タングステン製。髪の毛の半分以下の細さだ。巻の部分は幅0.55mm。鼻息でも飛んでしまうほど軽いフィラメントを優しくピンセットでつまみ、左手人差し指にのせる。再度ピンセットでフィラメントをつまみ、ステムと呼ばれる軸の上にのせる。位置決めをして溶接していく。拡大レンズを通した目視と、手先の感覚だけで精度を出さなければいけない精密な作業だ。
「ピンセットの持ち方、力の入れ方、ひじや椅子の高さ——それらすべてが仕上がりに影響します。自分なりのベストな組み合わせを見つけるまでに3年かかりました。」
そう語るのは、職人歴10年の紫谷香(しこくかおり)さん。
「ちゃんと技術が身についたと感じるまでには7年くらいかかりましたね……。」

▲継線担当の紫谷さん。
「これくらい細かい作業になると、心の状態もすごく影響します。だからなるべく平常心で作業するようにしています。」
プラネタリウムの電球は、ほんのわずかでもフィラメントがずれれば、投影される星の形が歪んでしまう。そのため、通常の電球とは比べものにならないほどの精度が求められる。極度の集中力を要する作業だからこそ、1日に作れるのは120個が限界。それほどの繊細さと技術が詰まった仕事なのだ。
―ゲッターと封止― 炎でガラスを焼き、電球の姿にする
フィラメントをつけたステムは次の工程に運ばれる。
「ゲッター」と呼ばれるこの作業では、液体のジルコニウムをステムに塗る。ジルコニウムは電球内部の不純ガスを除去し、電球の性能を維持させる効果をもつ。

▲フィラメントを溶接した金属の軸にジルコニウムを塗る。
その後、「封止(ふうじ)」という工程に移る。穴の開いたガラス球にステムを固定する作業である。職人が、回転する機械にステムを差し込み、その上にガラス球を慎重にかぶせる。セットされたステムとガラス球は、回転しながらバーナーの前まで運ばれ、4本の炎で均等に焼かれていく。青い炎に包まれたガラス球は、次第に真っ赤に熱せられ、やがて溶けてステムと一体化する。この瞬間、職人は合羽と呼ばれる専用の道具で素早くガラス球をつまみあげる。熱せられたガラスがまだ柔らかいうちに手で微調整しながら、ステムに溶接されたフィラメントが正確に電球の中心へと配置されるように目視で整えていく。

▲ガラスの特性に合わせてバーナーの熱と位置を調整する。

▲ガラス球とステムを溶け合わせて「封止」する。

▲合羽を使ってガラス球をつかみ、ステムを微調整してフィラメントを中心に合わせる。
「フィラメントの中心が0.5mmずれたら、すべてが台無しになります。わずかなずれも、投影されると影響が大きいですからね」そう語るのは、小金井優輝(こがねいゆうき)さん。彼は、小学3年生の時に体験した高橋社長主催の電球教室で、ものづくりの世界に魅せられ、この会社の扉を叩いた。

▲ゲッター、封止が担当の小金井さん。
「最初は、これほどフィラメント小さいと、ミスばかりでした。でも、師匠に教えてもらって、一歩一歩着実に技術を磨いていきました」と振り返る。
「周りの職人たちは、とにかく一人ひとりのクオリティが高い。限られた時間の中で、いかにミスなくできるか、高い品質のものを揃えられるかをみんな考えていますね。」
細渕の電球には、100年続く職人の技が込められている。そして今、彼自身もその伝統を受け継ぐ職人のひとりとなった。電球市場が厳しい状況にあるなかでも、確かな技術を守り続けようとする若い力がここにはある。
「これからの10年、20年で、自分の技術をさらに磨き、もっと色んな電球を作れるようになりたい。」
そう語る彼の目には、職人として歩む未来が映っていた。
文:編集部 写真:大野真人
■後編はこちらから↓
大人の科学マガジン プラネタリウム専用電球ができるまで
―後編―「星空を生み出す職人の手仕事」
商品について
■書名:『【2,000個以上予約受注で発売決定】【Amazon.co.jp限定】大人の科学マガジン 細渕電球特注版 ピンホール式プラネタリウム』
■監修:大平貴之 電球製造:細渕電球株式会社
■編:大人の科学マガジン編集部
■発行:Gakken
■発売日:2025年7月22日
■定価:12,100円(税込)
本書を予約する(Amazon)※本商品は2,000件以上の受注で発売が決定する、条件付き予約受注生産販売の商品です。生産数量は最大3,000個を予定しています。