読者の心をつかむ広告クリエイティブが生まれる瞬間

クリエイター・インサイド『地球の歩き方』国内版ブランド広告制作の舞台裏

公開日 2024.12.07
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 Gakkenが生み出す数々の個性的で魅力的な商品・サービス。その背景にあるのはクリエイターたちの情熱だ。Gakken公式ブログでは、ヒットメーカーたちのモノづくりに挑む姿を、「インサイド・ストーリー」として紹介しています。

今回は、『地球の歩き方』国内版ブランド広告を制作したGakken宣伝メンバーと、地球の歩き方編集部にスポットを当てます。

 『地球の歩き方』国内版についての新聞広告が、『第73回 日経広告賞 出版・エンターテインメント部門』の優秀賞を受賞した。受賞作品となった広告クリエイティブを制作したのは、Gakkenの内部スタッフのみ。新聞の広告賞作品の多くは、広告代理店や外部の制作会社によるものが多く、業界ではやや異例のことだった。

 なぜ、外部制作会社に頼らず自社内制作にこだわったのか。どのような思いを込めて、今回の広告クリエイティブはつくられたのか。制作にかかわったメンバーたちに当時を振り返ってもらった。

全15段カラー広告を全国紙4紙に

▲地球の歩き方編集長・由良暁世

 1979年に創刊した『地球の歩き方』は、海外旅行のガイドブックとして、高い認知度を誇る。一方で、コロナ禍を機に「国内版」を拡大し、20タイトルに及ぶ展開をしていることはまだ世間にあまり知られていなかった。「国内版」をさらに強く、広く、認知してもらうためには、どうすべきか。地球の歩き方編集長の由良暁世は、その手段のひとつに新聞広告を考えた。

由良「メジャー4紙(読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞)に、全15段の、しかもカラーの新聞広告を出したのはチャレンジでした」

 新聞広告で、しかも全15段を全国紙4紙へ掲載となると、費用もかかるし、かなりおおがかりだ。デジタル施策など選択肢が多数ある中で、なぜ今あえて新聞広告なのか。

 

 

由良「『地球の歩き方』は、メインの読者層が40代~50代以上なんですね。昔、海外でバックパッカーをしていた世代の方々がずっと買ってくださっている。そのメインの読者層が新聞を読んでいる世代とかぶるんです。なので、新しくできた『地球の歩き方』の国内版をPRするなら、新聞広告がぴったりだろうなと」

 由良は、Gakkenの販売部門と宣伝部門に相談を持ち掛ける。
 
 地球の歩き方編集部とGakken販売部門、宣伝部門とで掲載日程を調整する一方で、広告制作の準備も進められた。外部の制作会社に依頼することも選択肢として考えたが、限られた時間で密なコミュニケーションを重ねてよりよいものを作るのであれば、インハウス(社内のメンバーで制作を行うこと)がよいだろうとなった。 

 Gakkenの宣伝部門には、3名のデザイナーがいる。その中の鹿野秀樹であれば、普段から新聞広告を手掛けているだけでなく、かつては大手広告代理店の制作を請け負っていた経験もある。全15段カラーを生かすデザインをつくり出すことは十分にできる。

▲アートディレクター・鹿野秀樹

 Gakkenの宣伝部門のアートディレクター鹿野は、広告制作会社を経て、フリーランスとして活躍。Gakken入社前には、美術館の広報職員としてWebサイトデザインやポスターの制作を担当していた。

鹿野「この話を聞いたときは、本当に武者震いが起こりました。全15段カラーというのはデザイナーとして気持ちが高揚する、晴れ舞台ですからね。よしっ!やってやるぞと意気揚々としていました」

 Gakkenの宣伝部門からは宣伝ディレクターとして倉澤悠が担当に立てられた。倉澤は、Gakkenの実用書、一般書、そして地球の歩き方の宣伝担当。書店店頭拡材の作成にはじまり、新聞広告、デジタル広告のディレクションを担う。Gakkenに入社する前は、PR会社で様々な企業の広報・PR支援を担ってきた。

『地球の歩き方』は、今、“日本も歩いている”。それを昔からの読者にも伝えたい

▲宣伝ディレクター・倉澤 悠

 広告クリエイティブの制作は、それを見た人に、何を伝えたいか。何を感じてほしいか。そして、そのあとどんな行動を取ってほしいかを考えるのがまず第一歩だ。
 倉澤は、最初のミーティングで、今回の広告クリエイティブの目的を明確化させることを提案した。 

由良「いわゆる企業のブランド広告だけにはしたくない。あくまでも『地球の歩き方』国内版を知っていただき、販促につなげたい。それが一番の目的です。『地球の歩き方』は海外旅行のガイドブックとしては十分に知られていますが、国内のガイドブックは2020年に生まれて日も浅く、海外版に比べればまだ世間に浸透していない。昔からの読者に伝えたいんです。地球の歩き方は、今は、日本も歩いていますよって」

鹿野「新聞広告に読者が目を止めてくれる時間って、しょせん1秒なんですよ。この1秒で心をとらえられるかどうかが勝負なんですよね」

由良「旅のガイドブックをつくってきて実感しますが、地図って思わず見てしまう、人の目を引き付けるものなんです。既刊本のエリアと発売予定の都道府県に旗を立てたのは、見る人の興味を引くためのアイデアでした。地図に旗が立っていると、見た人はちょっと目を止めて、『自分の故郷は出てるのかな?』とか、今まで行ったことのある場所を思わず探してしまうと思うんです」

 地球の歩き方「国内版」は、ビジネスパーソンが転勤や出張時に、コミュニケーションのためのネタ探しなどにも利用されているそうだ。

 実際、編集部に読者からも「取引先との話題探しに使えました」といったコメントがたくさん寄せられている。
 編集部に寄せられた“読者の声”は、地図の周りに吹き出しとなって散りばめられた。一つひとつの吹き出しのデザインはよくみると微妙に変えられている。今回の広告制作チームに加わっていた地球の歩き方編集部の新人メンバーの強い希望によりコメント内容に合わせて調整をしたという、アートディレクター鹿野の細かなこだわりだ。

用意されていたもう一つのアイデア

 地図をメインとした広告のアイデアが固まったところで、鹿野は持参したラフを取り出して言った。

「こんなアイデアもどうでしょうか」

 国内版の表紙に掲載されているイラストを全部抜き出して、広告全体を地球の歩き方の表紙のようにしたものだ。ミーティングに参加していたメンバーたちはラフを見るや「きれい!」「これはおもしろい!」と称賛の声を口々に上げた。

 地図をメインとした広告と『地球の歩き方』の表紙をイメージした広告。生まれた2つの方向性を、媒体ごとに分けることになった。

 ビジネスパーソンへの訴求の色合いをもった地図メインの広告は、日本経済新聞に。表紙をイメージした広告は、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞に掲載をすることになった。

 広告クリエイティブを形づくるために、画像、テキストの色、形を繊細に調整しながら配置していく。一つひとつの要素の色やサイズ、配置を変えるだけで、全体のバランスが変わっていく。10から1を引けば9になるのではなく、20になる場合もあれば、5になってしまう場合もある。単純な足し算引き算ではないので、試作案ができるたびに鹿野は、隣に座っている倉澤に確認をした。

 モニター上の試作を見て、倉澤は即座に答える。直感で感じたことも、言葉にして明確化して伝える。鹿野は倉澤の話をうなずきながら聞いて、試作に手を加えていく。

 完成形に至るまでの試作は、20を超えた。その間、由良を含む地球の歩き方編集部の意見、Gakken販売、宣伝のメンバーの声も反映させながら、4紙に掲載するクリエイティブは完成した。

▲日本経済新聞に掲載した広告

▲読売新聞・朝日新聞・毎日新聞に掲載した広告

 

さまざまな形での反響

 広告のクリエイティブは、世に出て、人の目に触れて、広告を見たその人がどう感じ、そしてどう行動したかで評価される。

 新聞広告の場合、実際に商品の売り上げに影響があったかどうかが効果指標として使われる。そのほかの指標としては、新聞社が行う、実際に広告を見た新聞読者に対してのアンケートがある。

 自分たちの意図がちゃんと伝わっていたかどうか。読者アンケートの内容もクリエイターメンバーとしては気になるポイントだった。

 アンケート結果が出てくるのは掲載から3週間ほどかかる。その間にも広告についての評判は多方面から寄せられた。

 とくに書店からの評判もよく、新聞広告のクリエイティブをそのままポスターにして掲示してくれる書店もあった。新聞広告が書店での売り場展開にもつながったのである。

 掲載から3週間、新聞各社から広告アンケートの結果が届けられた。

 由良、倉澤、鹿野をはじめ、今回の広告掲載にあたって力を尽くしたメンバーが、ミーティングルームに一堂に会し、そのアンケート結果を共有した。

 アンケート内容は、広告への好感度、広告を見てどのような態度変容になったか、デザインの印象など多岐にわたっている。いずれも高いポイントを示しているのを見て、メンバーはほっと胸をなでおろした。

 そして、自由記入のコメントに目を移す。

・【日本も歩いています】のキャッチコピーを見て心が躍った。
・すぐに買って、国内旅行をしたいと思った。
・日本版もあることを知り、興味を持った。
・「地球の歩き方」に改めて興味を持った。旅行に行きたくなった。
・こんなにも多くの国内地域版があるとは。読んでみたいです
・日本版もこれから増やしてほしい。
・昔、お世話になっていました。懐かしいです。
・学生時代、海外版にお世話になりました。
・よくお世話になった。久々に使ってみたい
・地球の歩き方の本を読むのが昔から好きなので、興味深い広告でした。旅行の際などにとても重宝する本だと思います。久しぶりに読みたくなりました。
・地球の歩き方は今も昔も私のバイブルです。国内版はまだ読んだ事はありませんが、是非海外同様旅行に行く際には読ませて頂きます。
(J-MONITOR調査/ビデオリサーチ/調査日2024年9月/調査対象新聞 朝日新聞、日本経済新聞)

それぞれの道を歩きつづける

 アンケートのコメントを読み進めていくうちに、由良の胸には熱いものがこみ上げた。自身も学生時代、海外旅行のお供は『地球の歩き方』だった。読者だった自分が『地球の歩き方』をつくる仕事についた。旅の楽しさを伝える仕事ができて、これはまさに天職だと感じた。

 ところが、コロナ禍に見舞われたことで、自分たちは歩く場所を失った。先行きの見えない苦しい時を過ごしていた。その中で、これまで培った取材力や知見を生かして拡充してきたのが国内版だった。

由良「地球を歩きつづけた私たちが、苦境を乗り越えて、今もちゃんと歩いていますよと昔からのファンに伝えられたのは本当によかったと思う。今回の広告は昔からのファンへの感謝のメッセージでもあり、これからも日本を含む世界を歩きつづけるという自分たちの決意宣言にもなったのかなと思います」

 由良は、鹿野や倉澤たちのほうを見て、改めてお礼を伝えた。

鹿野「いやいやお礼を言うのはこちらのほうです。今回のデザインは本当に楽しかった。由良さんが『地球の歩き方』とその読者の方を知り尽くしていて、コンセプトにぶれがなかったし、それをダイレクトに伝えてくれたから、こちらも迷いが生まれなかったですよ」

倉澤「こちらこそ、本当にありがとうございました。これまで、読者の心をつかむにはどうすればよいかと考え続けて仕事をしていましたが、今回の広告制作を通じて、編集者の思いと読者の心とつなげることが、私たちの役目なんだと気づけました」

 1117日、日経広告賞の受賞作品が発表された。その受賞作品に「地球の歩き方 国内版 ブランド広告」が名を連ねていた。予想もしなかった栄誉がメンバーたちにもたらされたのだ。広告賞をもらえたことはうれしいし、励みになる。しかし、メンバーのやることはこれからも変わらない。

 由良は、編集長として、旅人に寄り添い、旅をとおして人生を豊かにするコンテンツをつくり続ける。日本人の海外旅行の歴史とともに歩んできた『地球の歩き方』だからこそできる、もっと楽しく役立つものを目指して。

 鹿野は、広告デザイナーとして、細部にこだわりつつ、より伝わるデザインを追求し続ける。デザインは手段に過ぎないが、その手段があってこそ、思いは伝わる。だから、その手段を磨きつづけるのだ。

 倉澤は、本と読者をつなぐ。その原点を心に深く刻み、本とその先にある読者の心を見つめ、つなぐ形をつくり続ける。この本に出合えてよかった。そんな思いを一人でも多くの読者に感じてもらうために。 

 もっといい明日をつくるために。今日もクリエイターたちはそれぞれの道を歩きつづけている。

 

(取材=吉田 順 撮影=多田 悟)

 

クリエイター・プロフィール

由良 暁世(ゆら・あきよ):株式会社地球の歩き方 地球の歩き方編集長 早稲田大学第一文学部卒業後、2年の営業職を経て地球の歩き方の編集部へ。以来『地球の歩き方』の編集に携わり続ける 

倉澤 悠(くらさわ・はるか):株式会社Gakken宣伝部門 宣伝ディレクター 出版社、PR会社を経て、学研プラス(現・Gakken)へ入社

鹿野 秀樹(かの・ひでき):株式会社Gakken宣伝部門 アートディレクター 広告制作会社、美術館勤務、フリーランスを経て、学研プラス(現・Gakken)へ入社

地球の歩き方 国内版

2020年に初の国内版『東京』を出版し、202412月現在までに20タイトルを発行。累計発行部数99万部超えの人気シリーズとなっている。2025年には『大阪』『みちのく』『徳島』『信州』と注目のタイトルを続々発行予定。

『地球の歩き方』を購入する(公式サイト)

 

 

※この記事は、広告制作の舞台裏をわかりやすくお伝えするため、登場人物を由良、倉澤、鹿野に絞っていますが、実際は、地球の歩き方編集部清水裕里子、髙見ひかり、内田早紀、Gakken宣伝部門土橋身知子、Gakken販売部門相澤穂理ほか多くの地球の歩き方、Gakkenのメンバーが一丸となって取り組んだプロジェクトです。

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