第3回 よく考えてみるとアラサーちゃんのキャラって、判りづらいんですよね。そこがドラマでは判りやすい感じになっていると思いました。(峰)

道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」

更新日 2020.07.21
公開日 2014.09.16
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道尾:峰さん、ちょっと『アラサーちゃん』のタイトルの話してもいいですか? 4コママンガでタイトルがここまでおもしろいのって、これも初めてだったんですよね。たとえば「ああ空はこんなに青いのに」とか。まったく意味が分からないけどすごいおもしろいという(笑)。別のタイトルがもうありえないというくらい。これは元ネタは「スイミン不足」の歌詞ですか?(笑)

:そう。「スイミン不足」(アニメ『キテレツ』大百科のエンディングテーマ)の歌詞です。あの歌詞が大好きで。タイトルはだいたい描き終わってからつけてますね。思いつけば下書きの段階で入れていくんですけど、大体思いつかないので後から考えて入れてます。

道尾:タイトルを含めてひとつの作品になっているのもあるじゃないですか。

:はい、タイトルで意味を補足するパターンはありますね。ちょっと分かりづらいかなと思ったときなんかに。

道尾:僕の好きなのはハンドクリームの1コママンガでタイトルが「ボディショップのボディクリームもまだ使いきれていない」。タイトルじゃなくて説明というか、「P.S.」みたいな感じですよね(笑)。

:読者にとってのおまけ的な要素はできるだけ入れたいと思っていて。大衆くんのTシャツに彼の好きな物が書いてあるのもそういう理由なんですけど。なんか4コママンガのタイトルって、本当に意味のないものが多いじゃないですか? それだったら入れなくていいや、って思っていて。さっきの話の人物の洋服の描写みたいなものなんですよ。それで、書くならちゃんと意味のあるものにしようというのはあります。

道尾:それと、単行本の『アラサーちゃん』には登場人物たちの卒業文集から引用した体の扉絵が入っているじゃないですか。その内容のクオリティがすごいなと思っていて。架空の人物が中学生の時に書いた卒業文集、ありもしないものを再現しているのに、絶対これは本物でしょ、と思ってしまうような内容になっている。

:いやあ、うれしいなあ。

道尾:あの絵で『アラサーちゃん』の世界が2Dから3Dになるんですよ。あれは絶対雑誌で読んだ人も買いますよね。まあ、だから単行本がすごく売れてるんでしょうけど。

:いや、そんなには(笑)。

道尾:いえいえ、だってドラマにもなりましたし。あ、そういえば4コママンガって1本読むのに1分もかからないわけじゃないですか。それを15分ぐらいに伸ばしちゃうというのは原作者からするとどういう気分がするものか興味があったんですが。

:『アラサーちゃん』は、30分の番組の中にショートストーリーがたくさん入っているみたいな感じになっているんです。よく考えてみるとアラサーちゃんのキャラって、判りづらいんですよね。ゆるふわちゃんとかヤリマンちゃんは単独でキャラとしてはっきりしているんですけど、アラサーちゃんはそうではない。そこがドラマでは判りやすい感じになっていると思いました。なんていうか同人誌を見る感じですね。単純に嬉しい、って思います。

道尾:なるほど、分かりやすいですね。小説がドラマ化や映像化するのとは本当に逆なんですよね。小説って普通は、きちんと読んだ場合ですが、長編を読み終えるのに7~8時間はかかる。映画ではそれを2時間にする。それに対して『アラサーちゃん』の場合は、読むのに数十秒しかかからないものを30分にしているという。

:そうか。減らすのと増やすのとでは作業が全然変わってきますもんね。減らす方が自分のイメージと違うことがなさそうですね。それは考えたこともなかった。

道尾:あれですよね。むしろアニメ化よりも実写化の方がよかったですよね。アニメ化の方がキャラクター壊れそうなんですよね。

:確かに。近い方がイヤかもしれないですね。

道尾:ドラマ化じゃなくてドラマ版『アラサーちゃん』で、別個の同じおもしろさを持ったものが出来上がるでしょうから、楽しみです。

:実写も壇蜜さんがわざわざ髪の毛を紫に染められたりしたら、たぶんイヤだったかもしれないです。

すごくメジャーなものはもったいないのであまり読まないようにしているんです(峰)

道尾:峰さんにお聞きしたかったんですけど、ボツネタってあるんですか?

:編集者にボツにされたことはないです。私は編集さんにネームについてとか口出しをされるのがものすごい嫌いなんですよ。「SPA!」の人はもう判ってくれてるから全然問題なくやってるんですけど、たまに打ち合わせから「今回はこういうテーマでいきましょう」とか編集さんに関わってこられることがあって、そうするとイヤになってしまうんですよ。共同作業が一切できないからマンガを描いてるのに何を考えてるんだコイツは、って。

道尾:編集さんと打ち合わせってするんですか?。

:いや、全然しないですね。

――ちょっと峰さんにご自分の読書体験について話していただきたいんですけど、好きな小説を挙げてくださるようにお願いしたら、マリュー・ダリュセックの『めす豚物語』(河出書房新社)を上げてくださりました。

:最初に好きな海外文学はと聞かれた時に、パッと思いついたのは『ライ麦畑でつかまえて』だったんですけど、それってなんか「好きなマンガ家は手塚治虫です」というみたいで、それ以上特に聞くことがなくなってしまいそうなので、別のを挙げたんですけど、王道のものも好きですよ。ただ、すごくメジャーなものはもったいないのであまり読まないようにしているんです。名作と言われているものは、「今おもしろくない小説を読んだら絶対に辛くなる」という、心が弱ってる時のためにとってあるんです。『めす豚物語』は、学生の時に「ビッチっぽい女がエロいことをする小説が読みてえな」と思って、図書館でタイトルだけ見て借りた本なんです。読んだら、本当に女の人がめす豚に変身している話で、期待したようなエロはないんですけどすごくおもしろくて。私、詩は嫌いなんですけど、詩的な表現の小説は好きなんですよね。

道尾:これ、全然改行がない文章ですね。すごい。

:改行がない人の文章って、印象としてだらだらするじゃないですか? 私はたぶんそういう語り口が好きなんだと思います。山田詠美さんの『ひざまずいて足をお舐め』だったかな。あれ、人の台詞とかもカギかっことか改行が一切なくて、いっぺんに3人が会話してたりとかするんですけど、ああいう感じが好きですよね。

道尾:峰さんがこういう文体が好きというのは、やっぱり小さいころから本を読んでたからだと思います。活字に慣れているから。僕なんか、見るとワッとなっちゃうんですよ。ワッて。

:作家が何を言ってるんですか(笑)。

道尾:いやいや本当に、活字を読むのに時間と労力がかかっちゃうんです。小さいころに本を読んでなかったので。僕は若いころに本を読む筋肉を鍛えなかったんです。後からじゃそこの筋肉はつかないんですよ。

:私、音楽は全然聴かないんですけど、たまに聴こうかなと思う時もあるんですね。で、がんばって聴こうと思うから、音楽詳しい人とかはみんな、「音楽はがんばって聴くものじゃない」っていうんですよ。でも、私には音楽を聴く体力が全くないんですね。再生ボタンを押して、じっと聴いている体力がないんですよ。だから最初はとにかくがんばらなきゃいけないのに「何も判ってねえな」と思って。なんか「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」っていわれたような気持ちで。「何も民衆の気持ちを判ってない!」と思って(笑)。だから、私は本を全然読まない人に本を貸していくのが好きなんです。今まで読む習慣がなかったけど、読みたい人っているじゃないですか? そういう人に向けて「この人でもこれなら読み通せる」みたいなものを探して渡していくのが好きですね。本当に体力がゼロの人には、最初はリリー・フランキーさんのエッセイをすすめることにしているんです(笑)。絵も入ってるし、読みやすくて、しかもしっかりおもしろい。それでだんだん鍛えていって最終的にはロシア文学を読んでいこう、みたいな感じで。

道尾:ロシア文学って、やっぱり今みたいに難しいものの象徴みたいにいわれますけど、僕はトルストイがすごく好きなんです。たしかに難解ではあるんですけど、それは読みにくいわけではなくて、むしろ読みやすい。でも難解なんですよね。だから僕はあまりロシア文学が読みにくいものというイメージはないですね。

:たぶんあれじゃないですか、登場人物の呼び方があだ名も含めるといくつもあって、そこのハードルが高いと思いますけど。

道尾:その点『アラサーちゃん』はいいですよね、憶えやすくて(笑)。

:そうですね。あのシステムにはすごく満足しています。私はたぶん人物に普通の名前をつけるのが苦手だから、アラサーちゃんとかゆるふわちゃんってしてたところがあると思うんですよね。普通の名前をつけることに気恥ずかしさがあります。

道尾:そうなんです。知り合いにいるかもしれないし。でも、だからといってあんまり突飛な名前にしても記号っぽくなっちゃいますし。

:だから私は、『アラサーちゃん』以外の読みきりのマンガとか描く時も、もう全部名前つけないです。新人ちゃんとか巨乳ちゃんとか、そういう感じでつけちゃいますよ。

峰さん、小説書いてくださいよ。今書けば絶対売れますよ。「裏・アラサーちゃん」みたいなやつ(笑)(道尾)

道尾:『アラサーちゃん』は、人の気持ちの描き方が通り一遍じゃないですよね。そういうのは峰さんの読書体験に裏打ちされたものだという気がするんです。

:どうかな。マンガのことはマンガを読んで学んだことが多い気がします。ただ、マンガを読んで学ぶ時って、すっごいおもしろくないマンガを読んで学ぶんです。「なんでこのマンガはこんなにキャラの好感度が低いんだろう」と考えて、それで「こういうことをしちゃいけないんだな」というので学んだり。

道尾:でも、いいものから学ぶよりも絶対そっちの方がいいですよね。描いてる人がちがうんだから、そもそもマネできるはずがないんですよね。才能の量が同じでも質がみんなちがうから。

:あと、いいところってなかなか気づきにくいんですよ。「『お母さんが毎日ごはんを出してくれるありがたさ』がわからない」みたいな感じで。

道尾:僕の好きな本で、ジョセフ・ゴードン=レビットという人の『The Tiny Book of Tiny Stories』があるんですけど、世界中から募集したごく短いストーリーを見開きで一つずつ載せるようにしたアンソロジーなんです。その中にすごくおもしろいのがあって。日本語に訳すと、「ある朝キッチンで、オレンジが自分の運命から逃げ出すべく、カウンターから飛び降りて、ドアの隙間から光の中へと出て行った。それを見て、希望で胸をふくらませ、卵は追いかけた。」というだけの話で、もちろん皮肉なんです。落ちて死んじゃいますからね、卵は。それは単純なモノマネの危険さみたいなものが端的に書かれていると思うんですよね。この本は、「The universe is not made of atoms; it’s made of tiny stories.(世界は原子でできているんじゃない、小さな物語でできているんだ」」というコピーがすごくよくて、それにグッときて買ったら大当たりでした。そうだ、言おうと思ってたんですけど、峰さん、小説書いてくださいよ。今書けば絶対売れますよ。『裏・アラサーちゃん』みたいなやつ(笑)。

:どんな話ですか、それ。でも、『アラサーちゃん』もある日突然、夜中にカッと起きて描き始めたので、小説もある日夜中に起きて書き始めるかもしれません。そう言いながら死んでいくのかもしれないけど。私、ライターからマンガ家になった時に編集さんがすごく優しいことにびびったんですよ。なんかお菓子とかくれるし。そうしたら、「マンガ家よりも作家の方がめっちゃちやほやされる」って聞いて。「ああ、作家さんになりたい!」って思いましたね。

――もし文章でフィクションをやられるということがあったら、どんなものになるんでしょう。何か腹案はあるんですか?

:女子の友情ものが書きたい!

道尾:いいですね。ずっと絵がメインのものだったのに、今度は文章だけで書くというのは。全く頭を使うところが違うでしょうし。

:実際、4コマをずっと描き続けていくわけにはいかないので。もっとでかいストーリーを考えないと。

道尾:4コマはコスパが低いですよね、確かに。

:低いし長持ちしないんですよね。ギャグ系の作家さんってみんな10年ぐらいでダメになるんですよ。古谷さんみたいにすごく方向転換をするとかしないと。私も、方向転換に備えなくちゃいけないわけですよ。

道尾:新聞の4コマとかとればずっと食っていけるんじゃないですか?(笑)

――「峰なゆか植田まさし化計画」ですね(笑)。さて、そろそろお時間ですので、道尾さんにいつもの質問で締めていただきたいのですが。

道尾:はい。みなさんに同じ質問を最後にしているんです。峰さんは、今やっているお仕事を一生続けていきたいですか?

:いいえ、全然無職になりたいです。金をもらえれば明日にでも無職になります!

道尾:……お金は大事ですよね。

:はい。無職の私が一番輝いているので。きらきらとネトゲをする私とかをみんなに見てもらいたいです。いや、それは私だってマンガがうまく書けたら嬉しいなと思いますよ。ただ、単純に労働が嫌いなんです。向いてない!

道尾:マンガ家って、職業ですもんね(笑)。

:そうなんです。私は無職になってもマンガは描くと思うんですよ。ただ、たくさんの人に見てもらいたいという気持ちはあんまりないんです。お母さんに見せたりとかで、全然満足できるんですよ。

道尾:ああ、確かに。僕もたぶん、依頼がこなくても小説は書いてると思うんです。そういう気持ちは大事ですよね。

司会・構成:杉江松恋 撮影:干川修 2014年7月11日

作品紹介

鏡の花

製鏡所の娘さんが願う亡き人との再会。少年が抱える切ない空想。姉弟の悲しみを知る月の兎。曼殊沙華が語る夫の過去。少女が見る奇妙なサソリの夢。老夫婦に届いた絵葉書の謎。ほんの小さな行為で、世界は変わってしまったーー。六つの世界が呼応し合い、まぶしく美しい光を放つ。まだ誰も見たことのない群像劇。

プロフィール

峰なゆか

1984年生まれ。漫画家・文筆家。主な著作に「アラサーちゃん無修正」(扶桑社)「恋愛カースト」(宝島社、犬山紙子との共著)など。ドラマ「アラサーちゃん無修正」は毎週金曜深夜0時52分よりテレビ東京系列で放映中!

道尾 秀介

1975年東京都出身。2004年、「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家としてデビュー。2007年「シャドウ」で本格ミステリ大賞、2009年「カラスの親指」で日本推理作家協会賞、2010年「龍神の雨」で大藪春彦賞、「光媒の花」で山本周五郎賞を受賞。2011年「月と蟹」で直木賞を受賞。近著に「カササギたちの四季」「水の柩」「光」「ノエル」「笑うハーレキン」などがある。

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