第2回  実はここで『球体の蛇』を思いついたんですよ(道尾)

道尾秀介(作家)対談 「Jam Session」

更新日 2020.07.21
公開日 2013.10.10
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佐藤:タイトルを『球体の蛇』にしたのは、『星の王子さま』から採ったんですか? ちょっとお聞きしたかったんですけど、『蛇の卵』(R・A・ラファティ)という小説があるんです。それは読めば読むほど全然わかんなくなっていく本なんですよ。この本も後半でどんどん謎が深まっていくような話なので、もしかするとそれを意識してつけたタイトルなのかな、と思ってんです。

道尾:ああ、その本は読んでないですね。ただ、なんなのか知りたくて本を読むんだけど、読んだらもっとわからなくなった、という話は大好きです。

佐藤:あ、そうですか。

道尾:さっきも言いましたが、まさにその辺が書きたいことでもありますね。『球体の蛇』の蛇がなぜ球体かというと、大きな真ん丸い嘘を丸呑みにして生きているからなんです。もちろん球体の蛇というのは人間のことなんですけど、もう呑み込んじゃってるから外からは中が見えない。その人の腹が膨れて苦しそうなのはわかるけど、何を呑み込んで苦しいのかまではわからない、ということです。そこを書きたかったんですよね。「わからない」という。

佐藤:確かに本のカバーとかもそれっぽくなってますよね。

道尾:あとは、スノードームの印象が大きいですね。今日、たまたま対談の場所としてこのスノードーム美術館をセッティングしてくださったんですけど、実はここで『球体の蛇』を思いついたんですよ。

佐藤:そうなんですか!

道尾:編集者の方はまったく事情を知らずに取ってくれたらしいんですけど。有名な映画で『市民ケーン』(オーソン・ウェルズ監督主演)という作品がありますよね? 僕はあれが好きなんです。スノードームというモノ自体も好きなんで、これをテーマに書いてみたいというのがあったんですね。東京周辺でたくさんスノードームを見られるところって、ここしかないですから、やって来て1、2時間くらい見ていたんです。ここって、まったく物音しないじゃないですか? あそこにいる受付の方も咳払い一つしない(笑)。ちょうど平日の日中だったんですね。ずっと見ていると、外側と内側というのがだんだん、どっちがどっちかわからなくなるようになりました。

(観覧車があるスノードームを指して)この中の、観覧車のそれぞれの箱に乗っている人たちの顔を思い浮かべるじゃないですか。そうすると「あ、そうか。観覧車に乗っている人からすれば、ここが全世界なんだ」と思えるんですね。あとは、まったく同じスノードームを見て、「雪だるまが中に閉じ込められていてかわいそう」と思う人と、「雪景色がきれいだ。こんなところに行きたい」と憧れを感じる人と二種類いるんじゃないかな、ということも思いました。それが出発点で、もう、ここを出るときには、大まかなストーリーが出来てたんですよ。

佐藤:へ~。

道尾:久々に来て懐かしいです。このスノードーム美術館に置いてある中にひとつ、おもしろいのがあるんですよ。ちょっと小太りのおじさんが一人だけ入っていて、スコップを手にボケーっと口を半開きにして空を見ているというだけのものです。それって、雪を降らせたときと、降ってないときとで、おじさんの考えていることが全然違って感じられるんですよ。雪がないときは「今年は降らないなぁ」「暖かくていいなぁ」って考えているように見えるけど、降らせると、彼は雪を見上げることになるんです。そうすると、何かちょっと心配そうな顔に見えてくるというのがおもしろくて。

道尾:『球体の蛇』で主人公が壁に投げつけるシーンがあるんです。あれ、本当に実験してみたんですよ。壁に投げてみたら、木っ端微塵になっちゃった。

さっきのリアルとリアリティの話に戻りますけど、あの場面でパリーンとキレイに割れたら、やっぱり美しくない。だから、思い通りに粉々に割れてくれなかったことにしたんです。

佐藤:あそこを読んでプラスチックのドームだったのかなぁ、って思っちゃった。

道尾:たぶん、もっとガラスの厚い高級品だったんです(笑)。

そうですね、入りすぎてしまうというか、それが楽しいんですよね(佐藤)

佐藤:私、『クローサー』という舞台に出たことがあるんですよ。映画ではナタリー・ポートマンが演じた役が私で、ほかには辺見えみりさんとMAKIDAIさんと福士誠治さん、四人しか出ないお芝居なんです。
私が演じたのは、彼氏が新聞読んでたら目の前でおしっこしちゃうような、ちょっとぶっ飛んでる系の人なんです。ナタリー・ポートマンはその役でゴールデングローブ賞の助演女優賞を獲ったくらいすごい素敵な作品なんですよ。それはいいんですけど、舞台を見た人のアンケートとかに「佐藤さん、素でできるからスゴイ!」とか書いてあって。いや、全然素じゃないんですけどね(笑)。

その役の女性が、「私はサンドイッチは食べるけど、ツナは食べない」って言うんです。なぜかというと「魚は海でおしっこするから」って。「子供もおしっこするでしょ?」って言われて、「子供も食べないし、海でおしっこするものは基本食べない」。

道尾:なるほど。(笑)。

佐藤:私、『クローサー』という舞台に出たことがあるんですよ。映画ではナタリー・ポートマンが演じた役が私で、ほかには辺見えみりさんとMAKIDAIさんと福士誠治さん、四人しか出ないお芝居なんです。
私が演じたのは、彼氏が新聞読んでたら目の前でおしっこしちゃうような、ちょっとぶっ飛んでる系の人なんです。ナタリー・ポートマンはその役でゴールデングローブ賞の助演女優賞を獲ったくらいすごい素敵な作品なんですよ。それはいいんですけど、舞台を見た人のアンケートとかに「佐藤さん、素でできるからスゴイ!」とか書いてあって。いや、全然素じゃないんですけどね(笑)。

その役の女性が、「私はサンドイッチは食べるけど、ツナは食べない」って言うんです。なぜかというと「魚は海でおしっこするから」って。「子供もおしっこするでしょ?」って言われて、「子供も食べないし、海でおしっこするものは基本食べない」。

道尾:なるほど。(笑)。

道尾:さっきの、スノードームの外側と内側という話なんですけど、これも『気遣い喫茶』の、「役があると、脳がやっと役立つの」(「役があると、」)という文章とちょっと似てる気がしたんですよ。これは、その役を仕事で演じると、現実感が出るということですか?

佐藤:そうです。あまり、日ごろは脳みそ使ってないんですよねぇ……。

道尾:そんなことないでしょう(笑)。役を演じるのって、自分の外側に脚本があるわけじゃないですか。で、そっちに行った時に普段よりも脳がいつもより働いて、そっちが内側になっちゃうというのが僕はおもしろかったんです。

佐藤:そうですね、入りすぎてしまうというか、それが楽しいんですよね。最初はそれこそ、役を自分の内に入れる作業をするんですよ。

たとえば目が見えない人の役をやったときには、関連のNPO団体に行ったり、そういう学校も見たり、本を読んだり、点字を勉強したり、白い杖で歩いてみたり、とにかくいろいろやってみるんですけど、だんだん中に入ってくると、それが日常になるんですね。そうなると、「あ! やっと中に入ってくれた」と思うんです。困るのは、私は一回入っちゃうと出てくのも遅いんですけどね(笑)。

道尾:木下龍也さんていう歌人の方、知ってます? まだ若い方なんですけど、『つむじ風、ここにあります』という歌集があるんです。すごいおもしろいんですけど、その中に今佐藤さんが言われたのと似た状況の短歌があるんですよ。
「カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる」というんですけど、部屋から出て、世界に閉じ込められる。外側が内側になってしまうんですよ。部屋が外側になってしまう。こう、中と外が一瞬で、この句を読むことで、入れ替わるという。

僕は『球体の蛇』を書くときに、スノードームの中にある役に入らなきゃ、と思って努力しているうちに、いつの間にかドームのほうが現実になっていて、役の中に入ってしまった自分は現実にいたころを懐かしんでいる、みたいな状態になっちゃったんですね。それをよく覚えています。

男でも女でも、関係を持てなかった人のことを「愛おしい」って思えることはあるんじゃないかな、と思います(佐藤)

――ちょっとお話変わっちゃうかもしれないんですけど、この『球体の蛇』の主人公の印象を佐藤さんに伺ったところ、「頭のよいモラトリアム」という言われ方をされたんです。「頭のよい」が付いているのが、ちょっとおもしろかったんですね。

佐藤:この友彦という主人公は、自分で「これは言っちゃダメだ」とか超反省しますよね。回想形式で後から語っているから余計にそうなるのかもしれないんですけど、ダメだと思っているのにそれをやっちゃう。自分には止められなかったというような表現も出てきます。それが許されてしまうのがモラトリアムだから。

ものごとには、夢中でそれをやっちゃう人と、わかっているのにわざとやる人がいますけど、その二つは別物だと思うんですよ。友彦はたぶん頭がよすぎるので、「これを言っちゃいけないんだろうけど」と思いつつも、「たとえば」なんていいながらあえて口にしてしまうんでしょうね。

――男女の違いについてお聞きしたいです。『球体の蛇』は、女性読者の意見が分かれているような気がするんですよ。「大好き」な人と「気持ち悪い」と感じる人と。

佐藤:男でも女でも、関係を持てなかった人のことを「愛おしい」って思えることはあるんじゃないかな、と思います。「究極の片思い」みたいな。

実らなかった初恋の相手をずっと追いかけちゃったりするじゃないですか。例えば、昔好きだった相手に似てる子供を見て、「昔の○○ちゃんに似てるな」と思ったり。そういった意味では、友彦をそこまで変だとは思わないですね。

道尾:あれどうですか? 友彦が床下に忍び込むシーンとか。あれ、女性にはわりと不評なんですけど(笑)。一般的に言って、相手が本当に片思いの人だったとして、たぶん女性のほうが行動にブレーキをかけますよね。床下に忍び込むという行為は、女性だと「バレたらどうしよう」と躊躇うと思うんです。

佐藤:そうですね。「バレたらどうしよう」とか、「犯罪なんじゃないかな」とか。いや、犯罪ですけどね、立派に。

道尾:(笑)。あと女性は「恥」というものを知っているんでしょうね。何かの本に「女性の心の半分は恥でできている」という表現があったんですけど。男は恥の部分が一瞬にして掻き消えちゃうので。何かに夢中になると。

佐藤:そうですね。うちの家族も、私が着ている服の露出がちょっと多いと、お父さんは「ちょっとセクシー過ぎないかなぁ。なに? カーニバルなの?」とか言うんですよ。お母さんはもう「そんな恥ずかしい格好!」って、恥を前面に出して言ってきますね。

対談場所/スノードーム美術館 司会・構成/杉江松恋 撮影/丸毛透

作品紹介

球体の蛇

幼馴染であるサヨの死の秘密を抱えた17歳の友彦。ある日、彼は死んだサヨによく似た女性に出会う。彼女に激しく惹かれた友彦は、夜ごとその屋敷の床下に潜り込み、情事を盗み聞ぎするようになる。しかしある晩、思わぬ事態が待ち受けていた…。狡い嘘、幼い偽善、決して取り返すことのできないあやまち。矛盾と葛藤を抱えながら成長する少年を描き、青春のきらめきと痛み、そして人生の光と影をも浮き彫りにした極上の物語。

プロフィール

佐藤 江梨子(さとうえりこ)

1981年東京都出身。女優。主な出演作は「キューティーハニー」(04)「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」(07)「すべては海になる」(10)「Night People」(13)など。文筆家としても活躍。2003年に「気遣い喫茶」を上梓。現在、東京新聞で日替わりコラム「言いたい放題」連載中。今年6月に10年ぶりの写真集「es」弊社より発売。

道尾 秀介

1975年東京都出身。2004年、「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家としてデビュー。2007年「シャドウ」で本格ミステリ大賞、2009年「カラスの親指」で日本推理作家協会賞、2010年「龍神の雨」で大藪春彦賞、「光媒の花」で山本周五郎賞を受賞。2011年「月と蟹」で直木賞を受賞。近著に「カササギたちの四季」「水の柩」「光」「ノエル」「笑うハーレキン」などがある。

 

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