選好功利主義者ピーター・シンガーと動物開放論

中野 明『超図解「21世紀の哲学」がわかる本』セレクション

更新日 2020.07.22
公開日 2017.04.21
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 哲学者には極端に過激な発言をして物議をかもす人がいます。「最も影響力のある現代の哲学者」(ザ・ニューヨーカー誌)と呼ばれる、オーストラリア生まれの哲学者ピーター・シンガーも、そのような人物の一人かもしれません。
 シンガーは徹底的な功利主義者ですが、なかでも選好功利主義という立場をとります。
 古典的な功利主義では、関係者全員の幸福を最大化する点が眼目となります。一方、選好功利主義では、人々の幸福はその選好(自分の好み)の満足や充足にあると考えます。つまり、関係者全体の選好を最大限に満足させることが、選好功利主義の態度です。
 関係者の選好を最大限満足させるというその理念をつき進めていくなかで、シンガーの主張は、かなり極端に振れる傾向にありました。その一つに、人工中絶を容認するのみならず、嬰児や乳児殺しを支持する、という驚くべき主張があります。
 シンガーによると、嬰児や乳児は自己意識をまだもちませんから、利害意識も生じません。よって、選好功利主義の立場から、関係者全体の選好が上昇するならば、嬰児や幼児を殺すこともやむを得ない、と述べました。この主張が大きな波紋を呼んだのは、いうまでもありません。
 さらにもう一つ、選好功利主義者シンガーの名を著名にしたものに、動物解放論があります。シンガーのこの主張は、差別論との強い結びつきがあります。
 そもそも差別は、古くから人種や宗教、性別に存在しました。現在に至っては同性愛者差別などのように、その範囲は拡大傾向にあります。そのようななかでシンガーが主張するのは、「種差別」です。
 シンガーによると、動物(なかでも哺乳類)は、人間と同様に快楽や苦痛を感じます。その感受性は嬰児や幼児以上のはずです。このような考え方を前提にすると、動物も苦楽を感受するという点を無視して動物実験や食糧に使用するのは、種差別にほかならない、とシンガーは主張します。そのうえでシンガーは、人類は動物実験や肉食の習慣を放棄して、動物を解放しなければならない、と主張します。
 もっともシンガーは、動物を人間と同じ扱いにするよう主張しているのではありません。
 そうではなく、人間と同様の「配慮」が必要だと主張している点には、注意が必要です。

社会問題に対する「効果的な利他主義」とは?

 シンガーは徹底した選好功利主義を、貧困や飢饉といった社会問題にも適用します。
 シンガーはオクスフォード大学の講師だった1972年に、「飢餓、富裕、道徳」という論文を発表します。このなかでシンガーは飢餓や災害に苦しむ人々のために、収入の大部分を寄付すべきだとの持論を展開しました。実際シンガーも当時から収入の1割を寄付にまわしていたといいます。
 さらに近年のシンガーは、いま静かなブームになりつつある「効果的な利他主義」の運動に傾倒しています。効果的な利他主義は、寄付やチャリティ活動を行う際、その効果をきちんと見極めて実践するという立場です。これは、利他主義がより効果的ならば関係者全体の選好はより大きくなる、という考えを根拠にしています。
 シンガーの活動はまさに、それ自体が選好功利主義を体現しているようにみえます。

(※この連載は、毎週金曜日・全8回掲載予定です。4回目の次回は4月28日掲載予定です。)

 

中野 明 (なかの あきら)

ノンフィクション作家。1962年、滋賀県生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。同志社大学非常勤講師。「情報通信」「経済経営」「歴史民俗」の3分野をテーマに執筆活動を展開。

著書は『超図解 勇気の心理学 アルフレッド・アドラーが1時間でわかる本』『超図解 7つの習慣 基本と活用法が1時間でわかる本』『一番やさしい ピケティ「超」入門』『超図解「デザイン思考」でゼロから1をつくり出す』『超図解 アドラー心理学の「幸せ」が1時間でわかる本』(学研プラス)ほか多数。

 

作品紹介

超図解「21世紀の哲学」がわかる本

21世紀の諸問題に対面する我々の思考の武器=哲学の「現在」を超図解で鮮やかに解きほぐす。人生論を超えた哲学の本質に迫る。
定価:本体1,200円+税/学研プラス

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