私が中学校や高校で講演をさせていただくとき、ちょっと変わった英語の勉強法をご提案しています。それは、一分間の英語スピーチです。
英語のスピーチなど、ほとんどの学生が人生で初めての体験で、当然ですがなかなかうまく話すことができません。
そのため、まず簡単な自己紹介から始めます。自分についてですから、どうにかこうにか、自分の知っている単語だけで話し始めます。
そこで私は突然、「無茶ぶり」を始めるのです。
「では、安倍首相のアベノミクスという政策をどう思うか、英語で言ってごらん」
こんなふうに無茶ぶりをすると、ほとんどの学生はたちまちパニック状態に陥ってしまいます。
そこで私はこうつけ足します。
「キミたち、今までこのような英語のスピーチをしたことがないんだよね。ということは、英語のスピーチの、人生で最初の一分だったんだよね。そうしたらうまくできないのは当たり前だよ」
そもそも私がこのような提案をした理由は、彼らの脳に、思い切った負荷をかけたかったからです。脳への負荷のかけ方としては、易しいものよりも「内容が難しい」という負荷のかけ方のほうが効果が高いのです。
そして、こうアドバイスします。
「ところで、一万時間の法則って知っているかな? 一日三時間、それを十年やると、だいたいその道のエキスパートになれると言われているんだ。キミたちの一万時間は、今始まったばかりなんだよ」
さらに、そこで彼らに宿題を出します。
「キミたち、明日から鏡の前で、英語のスピーチをやる練習をしてみよう。家の人に変と思われるかもしれないけど、洗面台の前で一分間スピーチの練習をするんだ」
毎日、ちょっとずつ脳に負荷を与える。そんな脳のトレーニングを習慣にしてほしい。そうすれば、キミたちの脳はどこまでも成長していけるんだ——。
私は若い彼らに、それを伝えたいのです。
けれども、学生にばかり負荷をかけているのはフェアではありません。私自身も彼らの無茶ぶりを受けて立ちます。こうした脳への負荷のかけ方は、むしろ脳が凝り固まった大人にこそ必要なのですから。
「では、私に何でもいいからテーマをください。即興で英語のスピーチをします」
私がそう言うと、今度はそこから学生たちの反逆が始まります。
「じゃあ、深海魚について一分間スピーチしてください」と声が上がりました。
これはなかなかの難題でした。それでも、日頃から英語に関する相当の負荷を脳にかけていたため、何とか一分間のスピーチができて、内心ホッとしました。
茂木健一郎 (もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。 東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。 理学博士。脳科学者。
理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職はソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。 専門は脳科学、認知科学であり、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
2005年、『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。 2009年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。
主な著書として、『結果を出せる人になる!「 すぐやる脳」のつくり方』『もっと結果を出せる人になる! 「ポジティブ脳」のつかい方』(ともに学研プラス)、『人工知能に負けない脳』(日本実業出版社)、『金持ち脳と貧乏脳』(総合法令出版)などがある。
作品紹介
過重なストレスと処理すべきタスクに溢れた現代を生き抜くには「すぐやる脳」が必要だ!脳科学者・茂木健一郎流・行動力強化術。
定価:本体1,300円+税/学研プラス