たとえば、二人の人がそれぞれに殺人を犯したとします。
一人は我欲にまかせて人を殺め、反省もしない人。
もう一人は、正当防衛からやむなく殺人に至ってしまって、心から悔んでいる人。
そうすると、同じ殺人という罪を犯していても、心の状態はまるで違うため、霊界に行った二人が、同じように醜い姿になるとは限らないのです。
霊界では、グルグル巻きの状態の縄で首を縛られている人の姿も見ましたが、それはその人が自殺したのではなく、他人の首を絞めて殺したカルマを現しています。「私はこのようにして他人を殺めました」という罪がそこに映し出されているのです。
ボロ雑巾のような恰好をした男性も、生前はさぞりっぱな服を着こんで、亡くなる時も家族がそれなりの恰好をさせて見送ったことでしょう。
でも、いくら肉体にそのような施しをしても、決して心の中までは隠し通すことはできません。
心が貧しく、汚れていれば、死後の身なりもそのように憐れな形で映し出されるのが霊界の法則です。
肉体世界で、他の人に気に入られようとして、いくら表面的に着飾ったり、言葉や態度でつくろってみても、あの世は心が百パーセント映し出される世界なので、死ねば必ず、現世では人には見せなかった汚れた部分がストレートに出てしまうのです。
ようするに、あの世においては、この世での地位や名誉、世間体や才能、まして財産などではなく、心のあり方、心の浄化度によって評価されるということです。
そのように、心の中の状態=霊の姿となるので、死んで間もない時には奇妙な姿をしている人も少なくありません。
とはいえ、ずっとそのままの姿でいるというわけではなく、大神殿の入口に辿り着くまでの時間の経過とともに、少しずつまっとうな人の姿に変化していきます。
それは、前述の審査役の人たちと同じように、心の浄化が進んだランクの高いスピリットたちが、死後間もない人たちにいろいろと諭すことによって、ほとんどの人たちが自らを省みることができるようになり、さらには善悪を認めることができるようになったからです。
「あの世の一日はこの世の一年」といわれるように、霊界での時間経過は肉体世界とは比べようのないほど速く進んでいて、心の状態がすぐに現象として現れます。
ですので、よほど悪行を重ね、心が汚れきっていない限り、転生の機会を得て、魂の成長のためにもう一度人生をやり直したいという気持ちがあれば、再び元の状態に戻れるのです。
木村 藤子 (きむら ふじこ)
1947年、青森県出身。地元で有名だった霊能者の母のもとに生まれる。
高校卒業後、信用組合につとめるが、30代の時に神の声を聞き、霊視・透視能力を授かる。
1990年、青森県むつ市内のデパートで開催された爬虫類ショーのニシキヘビが逃げた際、ヘビの居場所と見つかる時間を正確に透視。このヘビ騒動が全国に報道されたことから、「ヘビの神様」「青森の神様」と呼ばれ、一躍有名に。現在、霊能者として日々多くの人の悩み相談に応じている(一男一女の母親でもある)。
著書に『「気づき」の幸せ』『あなたを変える「気づき」』『幸せをつかむ 気づき暦』(以上、小学館)『幸せの絆』『幸せの風が吹いてくる』『幸せの詩が聞こえる』『神様が伝えたいこと』『母であるあなたに気づいてほしいこと』『気づく力』『新・気づく力』『木村藤子神様の言魂カード』『「本当の自分」に気づく本』(以上、主婦と生活社)『幸せを呼び寄せる30の「気づき」』『すべての縁を良縁に変える51の「気づき」』『幸せの「気づき」相談』(以上、新潮社)『子育ての気づき〜母親編〜』(竹書房)『すべての「別れ」は幸せのためにある』(KADOKAWA)『幸せになるための「気づき」の法則』『神様に愛される生き方・考え方』『幸せになる人の心がけ・心がまえ』『あなたが、ここに生まれてきた理由』『魂のシナリオどおりに生きていますか?』『この出会いは魂が選んだこと』(以上、学研)などがある。
作品紹介
人は死後、あの世でどのように裁かれ、生まれ変わるのか。“青森の神様”木村藤子が初めて明かす、生まれ変わりの真実!
定価:1,200円+税/学研プラス