ホラー漫画家・伊藤潤二×お化け屋敷プロデューサー・五味弘文。二人の鬼才による夢の対談!(前編)
『何かが奇妙な物語』墓標の町・緩やかな別れ 『恐怖ツナガル 呪い髪の女』
漫画、小説、映画、お化け屋敷まで、様々に生み出される<恐怖>の技法。
巧みなストーリーテリングと、一度見たら忘れられない、緻密で強烈な絵柄が人気のホラー漫画家、伊藤潤二。全国で100を超えるお化け屋敷を仕掛け、600万人以上を恐怖のどん底に陥れてきた<お化け屋敷プロデューサー>五味弘文。
それぞれ活躍するジャンルは異なるが、「人に娯楽としての恐怖を与えるプロ」という意味では共通部分もある二人だ。
この夏、奇しくもそれぞれの児童書が発刊されたことをきっかけに、両者による夢のような対談が実現した。
※以下、ネタバレにご注意ください。
『何かが奇妙な物語』収録作を巡る伊藤作品の魅力
五味:今回のこちらの本(『何かが奇妙な物語』)、最初きいたときは、「え、伊藤さんの漫画を読み物にして面白いのか」と思いましたが、新鮮でとても面白かったです。伊藤さんの「物語をつくる力」を改めて認識しました。どうしても漫画の絵の印象が強いので絵に文が負けるかな、というふうに思いましたが、そんなことはなく。
伊藤:この本は私の漫画をノベライズした作品ですが、文章を担当した澤田さんはアニメの脚本も手掛けていただいていて、その力もあるかと思います。
五味:文章部分と漫画部分のこの違和感のなさは、そうかもしれないですね。それから、文章を読んでいった後の一枚のインパクトがやっぱりすごいですね。作品のセレクトもよかったです。
編集部:今回の二冊で一番印象に残った話などありましたか?
五味:どれもいいんですけども、今回だと、僕の本とも関連付いちゃいますけど「富江」シリーズの『毛髪』(「緩やかな別れ」収録)。改めてこの髪の毛の書き方はすごいですよね。
伊藤:実は髪の毛を描くのはあんまり得意じゃなくて……でも主題なので一生懸命描いたんです。
五味:最近の『センサー』も髪の毛が出てきましたね。こういう絵は、文では書けないなあと思ったんです。これ一枚にかなうだけのイメージを読者に与えることは難しいんじゃないかなと……。いつも思うんですよ。伊藤さんの絵はどうやっても絵でしか表現できない。
伊藤:そうですね、確かに……。漫画を描くときに簡単なシナリオを書いてから、絵コンテを起こしていくんですけど。絵にしていく中でイメージが初めて明確に、はっきりしていくというのはあります。
五味:『隣の窓』(「緩やかな別れ」収録)の例えばこの女性のビジュアルってどの段階で考えられているんですか。
伊藤:絵コンテのラフの段階で、こんな感じ、というのはあるんですけど。でも例えば下書きの後、ペン入れの段階でも、例えばこの、実はまつげがずれていたりとか。
五味:あ、ほんとだ。こっちについている。
伊藤:そういう演出は描きながらですね。
五味:『隣の窓』はこの女性の絵ありきで考えられているんですか。
伊藤:これは、この顔のビジュアルありきでなく、「隣の窓がこっちに来る」というアイデアが元々あって、そういう家に住んでいる人はどういう人かを考えました。
五味:じゃあ例えば『ご先祖様』(「緩やかな別れ」収録)だとビジュアルありき?
伊藤:そうですね。「(頭が)繋がっている」というのが最初にあって。そういうのが最初にあると話が作りやすいですね。
五味:ビジュアルかストーリーだと、ビジュアルありきの方が多いんですか。
伊藤:私の場合そっちの方が多いですね。未だにどっちがどっちかよく分かっていないかもしれないですけど(笑)。長編が苦手な原因はそこにあるのかもしれない。あと、テーマ的なものを後からくっつけることもありますね。
五味:それはどういう……?
伊藤:『ご先祖様』だと、最初トーテムポールからイメージして、「ご先祖様が繋がっている」という連想がありました。そうすると、ストーリーとしては「先祖の記憶を受け継いでいる」というのがあって、すると今度は逆に「記憶喪失」というのもテーマとして出てきた。それで、恋人同士で恋愛していたのも忘れちゃった、という話になっていった。
五味:後から膨らませていくんですね。にしてもトーテムポールからあの芋虫のようなビジュアルになっていくのはすごいですね。
伊藤:そうなってくると、日頃あの人がどう生活しているかとか、そういう話もあって(笑)。そういう理由付けみたいなものは無理が出てきちゃうので、詳しくは突き詰めすぎないですけど。
小説と漫画、映画の違い
五味:(ストーリーの中で)論理を飛ばす、ということはよく考えられます?
伊藤:ある化け物の姿やシチュエーションといった連想の先に、面白いアイデアが出てきたときに、面白いけど全然論理的ではないことがあります。そういったときに、作品の中でだけ通用する理屈のようなものは考えますね。
五味:その理屈は多分、最低限あればいい、ということですかね。例えば……『墓標の町』(「墓標の町」収録)だと、人を車ではねるけど警察を呼ばない、とか。でも少し奇妙なところがあっても、読者はあまり気にならない。そのあたりの判断はどのようにされているんですか?
伊藤:そうですね。それなりに理屈屋なので、飛躍がよいとは考えていないです。アクシデントなどを用意して、そうせざるをえないような状況をつくるなど、自分ではやってるつもりなんですけど、まあ編集さんからは赤字が来ることも(笑)。
五味:なるほど。僕は漫画を描く人間ではないので、文章で表現しようとすると、絶対に書かなきゃいけないような部分があったりするんです。トランクに死体を詰めたけど、逡巡したりして……と。書き連ねていかないと、読者は多分納得できない、っていう感覚になっちゃうんです。それが多分小説と、漫画とかあるいはもしかしたら映画とかの違いなのかも。
編集部:五味さんの『恐怖ツナガル 呪い髪の女』掲載の『白い顔』や『雨の女』では、特に家に入ってきたり傘の下に入ってきたりしてから、行動を緻密に描写されていますよね。
伊藤:ああ、そうですね。
五味:そうかもしれない。そういう細かいディテールまで描いていって、主人公を追い詰め、どうしてもここに行きつくしかない、と論理的に破綻しないように書きます。
伊藤:小説を書かれる方はより強くそう感じるのかもしれない。
五味:楳図かずお先生の漫画でも思うんですが、ピョンとジャンプしてこの絵で納得させちゃう、というのもあるんじゃないかな……。ヒッチコックとトリュフォーの『映画術』という本では、多少破綻していてもエモーショナルがあれば気にならないんだ、整合性かエモーショナルかだったら後者を優先すべきだ、ということをいっていますね。ヒッチコックの映画も丹念に見てみると「なんでそこで警察を呼ばないの」っていうシーンがたくさんある。
伊藤:ええ、なるほど。小説ではそういうことをやっちゃうと難しい?
五味:小説の不自由さ、突き詰めると面白さなのかもしれないですが、ここは飛ばしたいな、というのは感じますね。お化け屋敷でもまず、ペラ三~五枚くらいの、短いストーリーを描くんです。この女性がこういう風に亡くなったから、こんな幽霊が出るんだ、という。そこではジャンプできるんですけど、それはやはり読み物ではないので。小説だと、やはりここは書いておかないといけない。じゃあ退屈にならないように、どう面白く読んでもらえるか、と思ったりします。飛ばすことができれば疾走感があるのに、とか。
伊藤:「小説を読む」というより、読者は多分もっと現実味をもって体験しているんでしょうね。理屈にあわないとすごい違和感を感じてしまう、というのは小説の特徴でしょうか。
五味:そうだと思います。文章を読んでいる、というのは脳の働き方としては、論理性をある程度保ちながらイメージを膨らませている。どうしても論理を離れられない。でも漫画や映画はそこがまだ少ないので、軽々と飛び越えられるんだと思います。それかもうひとつは、そういうメディアに読者が慣れているから。もしかしたらコマの飛び越え方などは三十年前と今では読者の感覚は違うのかなとか。
伊藤:そうすると、これから五味さんの小説でも飛躍する作品が登場するかもしれない?
五味:あ、でもそれはショートショートかもしれないとも思っています。
伊藤:ああ、なるほど。分量的にも確かに今回の三十ページの話などは、ショートショートの長さですよね。
商品の紹介
●「何かが奇妙な物語」
あらかじめ、隠さずに言います。怖い! 怖すぎる! 作っている編集者すら、戦慄しています。ホラーマンガ界の鬼才・伊藤潤二の傑作マンガの小説化です。小説とマンガの悪夢的融合。ページをめくると、驚愕します。「墓標の町」は全12編、「緩やかな別れ」は全11編を収録。
■書名:『何かが奇妙な物語 墓標の町』
■原作:伊藤潤二
■著:澤田 薫
■発行:学研プラス
■発売日:2020年6月25日
■定価:本体1,000円+税
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■書名:『何かが奇妙な物語 緩やかな別れ』
■原作:伊藤潤二
■著:澤田 薫
■発行:学研プラス
■発売日:2020年6月25日
■定価:本体1,000円+税
●『恐怖ツナガル 呪い髪の女』
数々の斬新なお化け屋敷で、全国の人びとを怖がらせてきた<お化け屋敷プロデューサー>五味弘文が仕掛ける、絶対に「読んではいけない」短編集。『黒い目』『白い顔』『雨の女』『紙と髪』、そして『四人家族』と、最恐ストーリー4編、ショートショート10編を収録。「本ならでは」の仕掛けが読者を襲う!
■書名:『恐怖ツナガル 呪い髪の女』
■作/五味弘文 絵/南條沙歩
■発行:学研プラス
■発売日:2020年8月6日
■定価:本体1,000円+税