「変える本屋」 artos Book Store 西村史之さん 第4回
本屋さんのココ【第2回】「変える本屋」 artos Book Store
1966年創業。松江の街の本屋だった「西村書店」は2005年「衣・食・住」をテーマにした「artos Book Store」(アルトスブックストア)に改装オープン。現在では、『世界の夢の本屋さん2』(エクスナレッジ)にも掲載されるなど、様々な本屋特集の常連になりました。改装は大きな決断です。また、それを続けることも難しい。創業から48年、改装から9年。「変える」ことと「続ける」こと。改装時のエピソードや、9年間のあゆみ、経営の実際など、「変わる」本屋をテーマに店主の西村史之さんにお話を伺いました。
※本記事は2014年7月4日、東京下北沢の書店「B&B」で行われたトークイベント「変える本屋~島根県松江市、artos Book Store~」を再構成したものです。
本の先にあるもの
松井:いろいろと初めての経験を受け入れてしまうことが大事なのかなと思いました。
西村:そもそもライブ自体は好きですし、ハンバートハンバートさんから最初にサンプルでいただいたアルバムがとても良かったんです。そこでピンと来なかったらお断りしていたかもしれません。店の雰囲気に合うし、何より私自身が好きになっちゃったんですよね。本当に良いご縁だなと思いますね。ライブイベントは本当に大変ですが、終わった後には充実感もあって、それがまた普段の仕事の励みになる、というか。それはやっぱり、本屋が本だけ売っていてもダメだな、と思う瞬間ですね。さまざまな本屋以外の人たちと交流して、特に最近よく思います。もっとその先にあるものを提供しないといけない。もちろん私も含めて常に提供できるかどうかは難しいかもしれませんが、少なくとも提案できるようにならないと。
松井:「先にあるもの」とはなんでしょうか。
西村:そうですね。ライブ以外でも、料理本のイベントで、レシピだけでなく実際に著者が作ったものを見ていただくことであったり、情報だけでなく、ライブ感がすごく大事だと思うんです。本は想像の世界を広げる力はすごく強いんですが、そこだけで満足せず、実際に経験、体験するということ。そこまで繋げることがこれからの本屋には必要なことなんじゃないかと思います。今、本屋ではないけれども、例えば私設図書館を作られている方や、本にまつわるイベントをされている方が増えていると思うんです。
松井:一箱古本市などの企画も全国で広がっていますね。
西村:そういう活動も同じようなことだと思うんですね。「本の先にあるもの」を皆さんも求めているんじゃないかな。そこで生まれる交流や、そういう営みのある場所を求めていると感じることがあります。それは本でなくてもできるんでしょうが、やはり本じゃないとできない、感じられない部分が多いんじゃないでしょうか。だから本を読むためだけじゃなくて、きっかけとして使うこともいいんじゃないかと思うんです。アルトスのイベント来ていただける方でも、普段は全く本を読まないという人もいるんです。
松井:そういう方はどんなきっかけでイベントに来てくれるんでしょうか。
西村:やっぱり「場」だと思いますね。場に、人とつながりたくて来ている。もっと言うと、「本が作る場」が好きなんだと思います。
松井:本が好きなんじゃなくて、本のある空間が作り出している、空気感、雰囲気に惹かれて来ている。
西村:最近は本を使った空間作りも増えてきていますよね。本屋だけじゃなくて、アパレルショップや百貨店、マンションの共有スペースに本が置いてあったり。そういったことが増えてきているのが良い例だと思います。
「アルトス」を続けていきたい
松井:アルトスブックストアが、あくまで「ブックストア」なのもその辺りに理由があるんでしょうか。最初は西村書店のイメージがあったかもしれませんが、10年経って今ではイベントもされていて、独自のイメージを築いたんじゃないかと思います。極端な話、イベントスペースや雑貨店という形でも店は成り立つと思うんですが……。
西村:イベントにしても、本屋でやっているから行く、行きやすい、ということはあると思うんです。ライブって普通はライブハウスだったりコンサートホールだったり、そういうところでやりますよね。でもそういう場所に行きなれていない人には敷居が高い、行きづらい雰囲気もあるんじゃないかと思うんです。そこで本屋、いつも行きなれていて入りやすい本屋でやっていれば足も向くんじゃないか。
松井:ライブハウスには行ったことがないけどアルトスには行ったことがある。
西村:本屋ってそもそも気張っていく場所じゃない、というか。誰でも一度は入ったことがあるし、入りやすいという利点があると思います。
松井:じゃあ、あくまで「アルトス」は「ブックストア」なんですね。
西村:そうですね。ただ本屋ではあるんですが、本屋というところをそこまで意識もしていないんです。個人的には、「本屋」を続けるというより、「アルトス」を続けていきたいという気持ちが強いんです。「本屋」よりも「アルトス」なんです。それを続けるために、本がある、というか。
松井:アルトスというお店があって、そこを空間として維持するために、本がある。
西村:将来的にも本を排除することはないと思います。ただ、意識というか、考え方の問題ですね。最初にアルトスを立ち上げたときは、まだ外商が順調だったものですから、店を維持するために外商を頑張ろうと思ったこともあったんです。この店は自分の意地みたいなもの、自分自身みたいなもので、これがなくなると自分が商売をしている意味がなくなる、というくらいの思い入れがあったんですね。話していないけれど大変なこともたくさんあったんですよ(笑)。それがやっと解決して今の店になっているということもありますし、この店の維持はそれ自体が励みになるものなんですね。最初にそれくらいの気持ちで始めて、アルトスは自分のプライドというか、そういったものが全部含まれているものなんです。結果的に、アルトスブックストアを作ったことでいろんな方から声をかけていただけるようになったし、外商もいままで全く話のなかった学校図書館や病院の本棚などの選書の依頼が入ったりしています。アルトスがアンテナショップ的な役割になればいいなと思っていたんですが、そういう効果も現れて来たんです。
例えば、最近では病院の待合室にある本棚の選書依頼がありました。アルトスでは本だけではなくて、レイアウトも含めて提案するようにしています。アルトスオリジナルのブックスタンドを販売しているんですが、そういう什器も使って空間作りから提案するんです。本の納入だけでも売上はあるんですが、什器も含めることでより売上にもつながりますし、空間に統一感が生まれます。こういう提案力もアルトスを作って、いろんな経験を積んでいくうちに身に付いてきたことですね。
松井:アルトスを作ったことによって、アルトスのような空間を作ってほしい、という依頼が来るようになったんですね。
西村:そうですね。アルトスオリジナルの棚だけでなく、一から書棚のデザインをしたときもありました。歯医者さんにある本棚だったんですが、本棚のデザインから参加してほしいという依頼で、私が先方のデザイナーさんと相談しながら提案をさせていただきました。ここまでやらせていただける方は本当にありがたいです。そういった空間をさまざまな場所に作ることがアルトス自体の認知度向上にもつながると思いますし、なによりその本棚を見た人の本への接し方が変わるといいなと思うんです。いつもとは違った空間や本棚で本を手に取る、いつもとは違う本との出会いを経験する。実際にアルトスが手がけた本棚で本を見た方から、アルトスへ在庫の問い合わせの電話をいただくこともあるんです。ありがたいことですよね。本は魅せ方、提案の仕方で見え方も変わってくるし、興味の持ち方も変わってくる。そこは店の規模に関係なく、提案力次第なんじゃないかと思っています。
例えば『小さな家』(集文社)という本は、お客様から「他の本屋でこの本を見たとき、欲しい本だったんだけど実際買うまでには至らなかった。でもアルトスで見たら買いたくなったんだよ」と言われたんです。それを聞いたときに、この空間を作ってよかった、アルトスをいう場の雰囲気はすごく大切なんだなと感じたんです。うれしかったですね。そういう体験があると頑張れますよね。
「つなぐ」こと
松井:最初は意地でもアルトスという店をやっていこうというお話がありました。設立してから今までで気持ちの変化もあったと思います。今、アルトスをやっているやりがいはなんですか。
西村:今のやりがいは「つなぐ」ことですね。お客さん、本もそうですし、本の先にあるもの、音楽や、物や、人。そういったものを松江という地でつなぐこと。地元の方に紹介すること。アルトスを続けていく中で、つなぐことができたのが一番の喜びかもしれないですね。それは特にここ2~3年前から意識するようになりましたね。もともと漠然と感じてはいたんですが、そういう場が増えるにしたがって、お客さんの反応が回数を重ねることでわかってくるんですね。だから大変だけどやってよかったな、と思うんです。イベントも手間がかかりますが、最終的にお客様の満足そうな顔を見ることで満たされるんですね。大前提として数字は大切ですし追求もしますが、どこかでそういう部分もないと、数字だけ追いかけていってもモチベーションが続かないと思います。本屋をこれからの「生業」としてやっていくのであれば特にそうです。1回だけなら数字だけ追いかけてもいいし、喜びの部分だけ追いかけてもいいんですが、この両者がうまくバランスが取れないと「生業」としては成立しないんじゃないかと思います。その上でしっかり「つなぐこと」ができれば一番だなと思っています。
松井 祐輔 (まつい ゆうすけ)
1984年生まれ。 愛知県春日井市出身。大学卒業後、本の卸売り会社である、出版取次会社に就職。2013年退職。2014年3月、ファンから参加者になるための、「人」と「本屋」のインタビュー誌『HAB』を創刊。同年4月、本屋「小屋BOOKS」を東京都虎ノ門にあるコミュニティスペース「リトルトーキョー」内にオープン。
artos Book Store
artos Book Store
〒690-0884 島根県松江市南田町7-21
TEL/FAX:0852-21-9418
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※日曜・祝日11:00-19:00 不定休
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