日本語によるロックを追求し、その後の音楽シーンに多大な影響を及ぼした伝説のバンド“はっぴいえんど”のメンバーとして、また、歌謡曲全盛の時代にお茶の間に届けられた数々のヒットソングに歌詞を提供した作詞家として活躍した松本隆さん。彼が1990年代から始めたもう一つの仕事に、クラシックの代表的な歌曲の日本語訳詞とCDプロデュースがある。
このたび、発売される『冬の旅』は、松本さんが1992年に初めて日本語訳を手がけたシューベルトの「冬の旅」を、新たな歌手とピアニストで録音し直し、新たな生命が吹き込まれたものだ。昨年12月某日に行われた貴重なレコーディングの現場を訪れ、日本語としての「冬の旅」の歌詞についてや、はっぴいえんど時代から一貫するテーマ、今回のプロジェクトに秘められた思いなどを語っていただきました。 前編・後編にわたってお送りします。
「僕の詞を歌った人は、結構大御所になってるんだよね(笑)。」
―――そもそも20年以上前に、最初に「冬の旅」に取り組もうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?
松本:とにかく作詞をしていた頃は、仕事をしすぎていて時間がなかったんです。インプットする時間がないから、アウトプットの限界に来つつあって、一回どこかで閉じないと自分が壊れてしまうと思いました。それで松田聖子のプロジェクトが終わってから他の仕事を全部断ったんです。それから特に歌舞伎とかオペラとか、長い時間をかけて鑑賞するものを見る時間ができたんだけど、今度は見ているうちに、つまりインプットすればそれに対するアウトプットが必要になるわけで、好きだったシューベルトの「冬の旅」ならできるかなと思ったんです。
―――今回の録音では、お聞きしたように歌詞は変わりませんが、新たに歌手は鈴木准さん、ピアニストは三ツ石潤司さんを選ばれました。
松本:今回の人選は、プロデューサーが何人かに絞り込んだ中から選ばせてもらって、歌い手はすぐに決まりました。ピアニストは二転三転したんだけど、結果的に一番良い方に決まったと思います。
―――同じテノールでもリート(歌曲)に合う声の質はオペラとはまた違いますか?
松本:オペラの人がリートを歌うと、そんなに良くなかったりするんですよね。感情がオーバーになっちゃうのかもしれません。
―――長野県にあるこのホール(上田市丸子文化会館セレスホール)でレコーディングをしようと思った理由は特にありますか?
松本:ここのピアノが、日本にあるベーゼンドルファーの中でもいい音がするという評判を聞いたんです。とても楽しみですね。
―――レコーディングには、作詞の仕事をされていたときも常に立ち会われていたとうかがいました。
松本:自分では同じように詞を書いているのに、売れる歌と売れない歌があるんですよ。その違いは何だろうと思って自己分析したら、売れる歌は全部歌入れに立ち会ってアドバイスしてるなと気づいたんです。それからはなるべく行くようにしましたね。松田聖子の場合はほとんど皆勤賞だったんだけど、僕が風邪を引いて行けないってディレクターに伝えたときも、彼女は「松本さん何で来ないんですか?!」って怒って電話してくるんだよ(笑)。
―――では、20年前の「冬の旅」のときも、レコーディングではかなり具体的にアドバイスをされたのでしょうか。
松本:前回はクラシックでレコーディングをするのが初めてだったし、プロデュース自体も自分でやって、歌い手との信頼関係もまだ構築されてないから、すごい神経を使いました。僕の場合、いつもどこかで躓くのね。なんか、外から見てると僕は順風満帆みたいに見えるらしいんだけど(笑)、やってる本人は結構、試行錯誤して失敗もいくつかあってね。でも結局最後には帳尻が合うんだよね。それが自分の運の強さかな。
―――リラックスされていて、全然そんなふうには見えません。
松本:そういう意味では、今回は不安の要素は非常に少ないですよ。クラシックのCDもその後何枚か出してるし、ある程度セールの実績もあって、あと僕の詞を歌った人は、結構大御所になってるんだよね(笑)。前回オーディションで選んだ五郎部俊朗も当時はまだ無名だったけど、今や大御所だし、「美しき水車小屋の娘」(2004年7月リリース)を歌った福井敬も大物になってる。だから鈴木准もそうなると思うよ(笑)
今の日本の「冬」の時代に必要な美意識
―――敢えてうかがいますが、クラシックに馴染みのない人にはどう聴いて欲しいですか?
松本:クラシックが学校で教わる音楽のままだと、西高東低の輸入文化でしかなく、消化されずに全然栄養にならない。もっと心に密着して、心に種を蒔いて、そこから花が咲いて実がなれば、また別の生きた音楽として芽生えると思うんだよね。だからこの新録も、少しでもそういうきかっけになればいいなと思ってます。
―――今回は、全体のテーマとして「絶望は、深く美しい」という言葉を掲げられています。その真意はどんなところにあるのでしょうか。
松本:うーん……、あまり日本もね、ここ数年いいことがないわけじゃない? 良くなりそうなこともないから、みんな絶望して、日常を回してくためにそれを無いことにしてるんだけど、それは政治家たちには都合のいいかもしれないけどさ、市井を生きている一般人にとってはあんまり良くないと思うんだよね。だから無いことにするんじゃなくて、いっそそれに酔うくらいの美意識があっていいんじゃないかと。そうすると、逆にそういう嫌な状況を乗り切れるかもしれない。絶望っていうのも意外といいもんだぜって(笑)。美しいというか、そこまで掘り下げると、違う生き方というものが自然と出てくるんじゃないかなと。
―――シューベルトも、自分が不治の病にかかっているとわかっていて「冬の旅」を作曲しました。
松本:そう。それでこのような世にも美しい音楽ができた。そういう美意識が、今の日本の「冬」の時代に必要なんじゃないかと。だから、このまま終わっちゃってもいいんだけどさ、せめて終わり方を奇麗にしたい。そうじゃないと、なんかインチキな美意識がはびこって、とっても不幸になっていくからね。
―――お話をうかがっている間に、外ではすっかり雪が積もってきました。
松本:「冬の旅」にピッタリの景色になってきたね。ちょっと、外に出て写真でも撮ろうか。
<了>
【インタビュー・文:小林 英治】
「冬の旅」発刊記念コンサート
■プログラム:松本 隆によるトーク&詞の朗読/「冬の旅」全曲演奏
■日時:2015年3月22日(日) 開場 13:30/開演 14:00
■出演:松本 隆/鈴木 准(テノール)、三ツ石潤司(ピアノ)
■会場:トッパンホール
■料金:全席指定 6,500円(税込)
■お問合せ:キャピタル・ヴィレッジ 03-3478-9999
チケット発売中
松本 隆 (まつもと たかし)
東京青山生まれ。中・高・大と慶応義塾で過ごし、在学中に伝説のロックバンド「はっぴいえんど」を、細野晴臣、大滝詠一、鈴木茂と結成し、ドラムスと作詞を担当する。 同バンド解散後、作詞家として太田裕美、松田聖子をはじめ多数のヒット曲を手がける。’81年、寺尾聰「ルビーの指環」で日本レコード大賞作詞賞を受賞する。 また、ロック・ポップス等のジャンルを超えて、その活動範囲を広げ、シューベルトの歌曲「冬の旅」「美しき水車小屋の娘」の現代口語訳を発表、好評を得る。 また、オペラ「隅田川」、詩篇交響曲「源氏物語」や、’12年「古事記」を題材に、口語体の作詞を施した「幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)」を発表し、レコード大賞企画賞を受賞するなど、内外の古典にも憧憬をもって取り組んでいる。
作品紹介
作詞家、松本隆訳詩によるシューベルトの歌曲集「冬の旅」。音楽活動45周年となる2015年、新進気鋭のテノール歌手、鈴木准による歌で新規録音。美しい詩集をあわせたCDブックとして発売。クラシックファン、松本ファン待望のシリーズ。 松本隆・訳 鈴木准・テノール 三ッ石潤司・ピアノ 定価:3500円+税 (2月24日発売予定)