「変える本屋」 artos Book Store 西村史之さん 第2回

本屋さんのココ【第2回】「変える本屋」 artos Book Store

更新日 2020.07.20
公開日 2014.10.30
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1966年創業。松江の街の本屋だった「西村書店」は2005年「衣・食・住」をテーマにした「artos Book Store」(アルトスブックストア)に改装オープン。現在では、『世界の夢の本屋さん2』(エクスナレッジ)にも掲載されるなど、様々な本屋特集の常連になりました。改装は大きな決断です。また、それを続けることも難しい。創業から48年、改装から9年。「変える」ことと「続ける」こと。改装時のエピソードや、9年間のあゆみ、経営の実際など、「変わる」本屋をテーマに店主の西村史之さんにお話を伺いました。

※本記事は2014年7月4日、東京下北沢の書店「B&B」で行われたトークイベント「変える本屋~島根県松江市、artos Book Store~」を再構成したものです。

西村書店とコンビニを見比べたとき、西村書店の価値はどこにあるんだろうと考えたんです

松井:店を改装されて、今はライブやイベントをやられていますが、アルトスも10年前まではいわゆる普通の「街の本屋」だったわけですよね。10坪程度で、雑誌や文庫、コミック中心の本屋さんだった。西村さんも店を改装される2005年までは、普通の本屋さんの仕事をされていたんですよね。

西村:そうですね。ただ私が店を継いだ頃、ですから改装を決断する数年前から、地方の本屋の売上が厳しくなっていたんです。本屋だけでなく、小売店全体の傾向だったと思うのですが、松江にも郊外店がどんどん増えていって、市内の道路網も郊外に向かっていった。郊外の大型店が増えていくに従って、人の流れが変わってきていたんです。それとコンビニエンスストア。コンビニの出店がボディーブローのように、じわじわ売上に影響していたんですよ。

松井:コンビニの10〜30坪という広さは、街の書店とよく似ていますね。

西村:そうなんです。それにコンビニに置いてある雑誌の品揃えは西村書店の品揃えとほとんど変わらなかったんです。コンビニの雑誌と街の本屋の雑誌は、品揃えが重なってしまうんですよ。コンビニと西村書店の品揃えを見比べたときに、西村書店の存在価値はどこにあるんだろう、と思い始めたんです。もちろん独自の棚、自分で選んだ本を置いているスペースもありましたが、どうしても店の基本スタイルが西村書店のままでは特色を出しづらかったんですね。

 それともう一つ、「死に棚」が多すぎたことも気になっていました。

松井:本棚には在庫しているけれど、ほとんど売れていない本のことですね。死に棚が気になる、というのは大型書店ならまだしも10坪の書店なのに、ということですね。

西村:そうです、そうです! 西村書店は今のアルトスよりもたくさん在庫を持っていました。それでも10坪弱の店ですから、どの棚の本も満遍なく動いてもらいたいという気持ちがあったんですね。でも当時のやり方だと、どうしても決まった売れ筋の本や、雑誌しか売れないし、その売れる本というのは明らかにコンビニの品揃えと似たり寄ったりなんです。それが西村書店の店頭売上の中心でしたから、売上に大きく関係してきていた。

 一方、西村書店の場合は、店売以外に外商も大きく展開していて、病院の売店やスーパーのスタンドに本を卸していたんです。

松井:スーパーのレジ横に置いてある雑誌などですね。専門の卸業者もありますが、書店が卸している場合もあります。

西村:とにかく雑誌はたくさん売っていました。そこで逆に、スタンドや売店に置ているジャンルの雑誌は自分の店で置かなくてもいいかな、と思い始めたんですね。すでに十分、売っているんだから。

松井:1990年代ですよね。『週刊少年ジャンプ』(集英社)が一番売れていた時代です。

西村:『ジャンプ』は最盛期、毎週1000冊くらい売っていました。たぶん西村書店の規模で1000冊って、かなりの量だと思います。他にも雑誌の王道と言われていた、『女性自身』(光文社)や『週刊文春』(文藝春秋)など。そういった週刊誌をとにかくたくさん売っていました。1日に1回、もしくは病院の売店では1日2回くらい補充に行っても足りなかったくらい。単価は低いですが、とにかく冊数がすごかった。

松井:『ジャンプ』なんて、本の厚さもかなりありますからね。それが発売日に1000冊届く。お店は10坪しかないのに……。

西村:そうなんですよ。店の中にも置ききれなくて。だから日曜日の夕方はちょっと憂鬱になるんです。

松井:「明日、ジャンプが届くぞ」と(笑)。

西村:そうなんです。みんなは月曜日を楽しみにしていたと思うんですが、私は憂鬱で(笑)。それだけこの小さい店で単価の低い雑誌を中心に商売をするというのは、壮絶なやり方ではありました。これはさらに昔、私が子どものころの話です。今は決まった時間に本が届くんですが、父親の時代は今ほど流通が整っていなかったので、本が届く時間が遅くなることも多くて。それだと外商の雑誌を届ける作業が間に合わない。雑誌はやはり生鮮食品みたいなもので、早く店頭に出せば出すほど売れますから。そこで父は自分の車で運送会社の営業所まで取りに行っていたんですね。量が多いときには1日3往復も行っていました。帰ってくる時間も早くて、月曜の朝5時くらいには一度帰って来ていたんですよ。じゃあ出発は何時なんだろう、と。それは自分にはできないな、と子どもながらに思いました。そういう時代もありましたね。

松井:自分の店以外でも、大量に雑誌を売っていた経験があったんですね。それと同じような本がコンビニでも売られるようになってきた。

西村:コンビニにある本をそこまで自分の店で売る必要はないな、と思ったこと。それと郊外店や大型店が増えて、売上が下がってきていたこと。西村書店は父親が作った店ですし、店を継いだからにはそう簡単に無くす、潰すということはしたくなかったこと。そういったことから、どこかで独自性を持てるような展開をしないといけない、と思いました。西村書店は父が未経験から、我流でやり始めた本屋ですから、それであれば自分も我流で何か始められるんじゃないかと。そこで店を大きく変えることを決断しました。ただ、そこからも大変で……。

 

高級スーパーの品揃え

西村:「変える」と言っても、「じゃあどうするんだ」という話ですよね。そこで“きっかけ”になったのが、スーパーへの外商でした。店の近くにいわゆる「高級スーパー」があって、そこの売店を担当させてもらえることになったんです。有名チェーン店だと紀ノ国屋とか、成城石井とかをイメージしていただけるとわかりやすいと思います。そういう少し良質の食材を売っているお店で、どういう本を置くか。お店の方と打ち合わせをしていたときに、「普通の売店に置いてある雑誌だけではつまらない。店の雰囲気に合った商品を選んでほしい」という要望をいただいたんですね。そこで選んだのが写真やデザイン重視の料理本。今でこそそういう本はたくさん出版されていますが、当時はまだまだ実用的な本が多い時代でした。その中でもビジュアル重視だった、たとえば文化出版局や、柴田書店の本を中心にセレクトしたんです。

松井:文化出版局はファッション紙『装苑』を出している、服飾学校が設立した出版社。柴田書店はプロ向けの専門料理書をたくさん出版しています。価格も通常の料理本よりは高額なものが多いですね。

西村:そうなんです。そういう本を中心に設置したらなんと、驚くほど売れたんです。設置した次の日に見に行ったら1日で棚がガラガラ。おっしゃる通り、普通の料理本に比べて1冊の値段も高いんですね。だいたい1500円以上、中には2000円以上の本もあったりして。それが1日でガラガラの状態。こんなにこのジャンルは求められているのか、と思いましたね。それと一緒に趣味性の高い本、旅の本だったり、雑貨の本だったり。雑貨と言っても質の高い商品を紹介する本ですね。今でこそ質の高い「日用品」を紹介する本や雑誌特集も増えていますが……、まだまだそのころはあまり意識されていないジャンルだったので、本を探すのも苦労したんです。そういった本の動きが本当に良かった。松江市というところは城下町でもありますし、「小京都」とも言われていて、潜在的に文化的なものへの憧れが強い人が多いという雰囲気は感じていたんです。そこでスーパーの一件があって、もしかしたら本当に求められているのかもしれないと実感した。だったらそういうジャンルで、特に「衣・食・住」にまつわる本を展開したら、どうなるんだろうか。スーパーの棚を一つのお店として展開したらどうなるんだろうか、と考えていたんです。それがアルトスブックストアの生まれるきっかけでした。

 これはアルトスをやり始めてから知ったんですが、高級スーパーの棚は近所で評判になっていたらしいんですよ。スーパーへの買い物はもちろんなんですが、その棚を見るのを楽しみに行っている、というお話をいただいて。ある日、スーパーに本を納品して陳列しているときに、ご年配のお客様から声をかけられて、「いつもいい本をありがとうね」とお礼を言われたんですよ。しかもそれから何人もの方から同じように声をかけられて。それはやっぱり嬉しいですよね。本当に嬉しい。

松井:ちなみに、西村書店で店頭に立っているときにそういう声をかけられたことは?

西村:ないですね。西村書店のときはだいたい立ち読みを注意するくらいだったかな(笑)。

 それに年配の方に言われるというのも印象深くて。松江市もどんどん郊外型の街になっていって、そうなると年配の方は移動手段がないんですよね。そういう中でよく行くスーパーに本棚がある。そこで出会った本はおそらく自分がもともと欲しかった本ではなくて、そこで出会った本だと思うんです。そういう出会いがスーパーの棚にあるのは、お客様にとっても嬉しいことなんだな、と感じたんです。

松井:どのくらいのサイズの棚だったんですか。

西村:100センチくらいの雑誌のスタンドが2台。下段は少し平台になっているような、いわゆる普通の雑誌ラックですね。

松井:本当に小さなスペースですね。什器がオシャレというわけでもなく、普通の棚に、少し特殊な本が置いてある。

西村:定期雑誌も置いていたんですが、少し趣味性の高いものをセレクトしたんです。女性誌でも『ミセス』(文化出版局)や『婦人画報』(ハースト婦人画報社)、『家庭画報』(世界文化社)など。もちろん『BRUTUS』(マガジンハウス)や『サライ』(小学館)、他にも『TRANSIT』(講談社)のような旅行雑誌も置いています。店の雰囲気にうまく合うと思うものを選んで置いていて、5000円くらいの料理写真集が売れることもありましたね。

松井:その写真集があることを知っていたから、スーパーのスタンドに行ったわけではないですよね。その場で見て、5000円の本を買ってくれたということですね。

西村:スーパーの売上データで本カテゴリが上位にあると言われたときはびっくりしましたね。もちろん他の食品はカテゴリが細分化されている中で、本はまとめての売上ですから、上位になりやすいんでしょうけど。これにはスーパーの担当者にもかなり驚かれましたね。こういう本を求めている人がたくさんいるんだ、と実感できたことはアルトスにとって大きな出来事でした。

次回は具体的な改装時やイベントのエピソードについてお聞きします。

第3回「一から本棚のデザインもしています」

 

松井 祐輔 (まつい ゆうすけ)

1984年生まれ。 愛知県春日井市出身。大学卒業後、本の卸売り会社である、出版取次会社に就職。2013年退職。2014年3月、ファンから参加者になるための、「人」と「本屋」のインタビュー誌『HAB』を創刊。同年4月、本屋「小屋BOOKS」を東京都虎ノ門にあるコミュニティスペース「リトルトーキョー」内にオープン。

 

artos Book Store

artos Book Store
〒690-0884 島根県松江市南田町7-21
TEL/FAX:0852-21-9418
open 11:00 / close 19:30
※日曜・祝日11:00-19:00 不定休
http://www1.megaegg.ne.jp/~artos/

 

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