◆劣等感は悪玉ではない、実は善玉なのである
アドラーの理論では劣等感が支柱の一つになっていると言っても過言ではありません。アドラーは「人間であるとは劣等感を持つことである」(『生きる意味を求めて』)と述べるほどで、そのためアドラー心理学を「劣等感の心理学」と呼ぶことさえあります。
アドラーの言う劣等感について理解するには、まず「劣等性」と「劣等感」の違いについて理解しておく必要があります。
劣等性とは、人が持つ器官や特徴、行動を他の人と比較した場合に劣っているとする判断です。もっともこれは主観的であれ客観的であれ、単なる判断の一つに過ぎません。しかし、この劣等性に対して負い目や恥を感じると、これが劣等感になります。
アドラーは、程度の差こそあれすべての人は共通して劣等感を持つものであり、私たちは劣等感を取り除くために自分を改善するのだ、と考えました。
いわば人は、劣等感を感じることで、「マイナスに感じる」境遇から「プラスに感じる」境遇へと自分を変えようとし始めるわけです。
このような意味において、劣等感を持つということは、必ずしも悪いことではありません。むしろ、自分を改善する原動力になるという点において、劣等感は悪玉ではなく善玉だと言えるわけです。
◆アドラーが劣等感に注目した背景
アドラーが劣等感に注目するようになったのは、幼少の頃の経験や開業医として患者を診察した経験などが背景にあるようです。
幼少期のアドラーはくる病に悩まされ、全身に包帯を巻く闘病生活を強いられました。2歳上の長兄ジグムントは至って健康だったので、身体を思うように動かせない自分に、アドラーは深い負い目、すなわち劣等感を持ったようです。
また、アドラーが開業した個人病院は、ウィーンのプラター遊園地の近くにあったため、遊園地で仕事をしていた曲芸師や道化師が多数来院しました。彼らの診察をとおしてアドラーは、曲芸師や道化師が自分の劣等性を補うために猛烈な訓練を重ねてきた、という事実を発見します。
このようなことからアドラーは1907年、『器官劣等性の研究』を刊行して、劣等感が神経症の原因になることもあれば、活力と勇敢さを伸ばす要因にもなることを公にしました。
中野 明 (なかの あきら)
ノンフィクション作家。1962年、滋賀県生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。同志社大学非常勤講師。「情報通信」「経済経営」「歴史民俗」の3分野をテーマに執筆活動を展開。
著書は『物語 財閥の歴史』(祥伝社新書)、『グローブトロッター 世界漫遊家が歩いた明治ニッポン』『今日から即使える! ドラッカーのマネジメント思考』(朝日新聞出版)ほか多数。
作品紹介
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