秘密のイメージキャストでアイディアを練る
浅野温子:『包丁人侍事件帖』シリーズの新作がなかなか出ないのは、どうしてなんですか?
小早川涼:どきっ! それは――、学研の編集者さんの前では言いにくいんですけど、実は別の出版社で、新シリーズを立ち上げてですね。ここで、スランプに陥ってしまって……。
浅野:あー、他でお仕事されてたんですか。
小早川:包丁人侍シリーズの第一弾『将軍の料理番』の時も、ものすごく時間がかかったんですけど、新シリーズを書くのって、新しい世界観を構築しないといけないから、本当に大変なんですよ。『包丁人』シリーズでは、巻を追うごとにキャラクターが勝手に動いてくれるようになってきたから、少し自信が出てきてたんですけどね。またひとつ新しいシリーズを作るのは、まったく別の力が必要なんだと思い知りました。
浅野:ゼロから創作する作業って、すごいエネルギーが必要でしょうけど。私、読む側だから、無責任に、「早く読みたい!」「早く書け!」って、つい思っちゃいます(笑)。
小早川:(身を縮めて)申し訳ありません。私、登場人物を描く時に、勝手にイメージキャスティングをして進めるんですけど、新シリーズは、最初のキャスティングに失敗してしまったようで。1年かかってまだ書けなくて、唸ってたところに、テレビで主人公のイメージにぴったりあう俳優さんをみつけて。その俳優さんを頭の中で笑わせたり怒らせたりして書くようになってから、なんとか進みだしたんです。
浅野:イメージキャスティングをして書いてらっしゃるんですか。包丁人侍シリーズもですか?
小早川:はい。実は、私なりにイメージキャスティングした俳優さんたちの写真を壁に貼って、それを見ながらアイディアを練ってるんです。
浅野:え、誰、誰? 惣介は? 親友の隼人は? ……って聞きたいところですけど。
小早川:言わないほうがいいですよね。私の勝手なイメージだし。
浅野:読む人は読む人で、自分の好きな人を自由にイメージしてるでしょうからね。
小早川:「私のイメージと違う!」ってがっかりさせてもいけないし。
浅野:でも、だから、キャラクターがとても生き生きしてるんですよね。
小早川:そう言っていただけると嬉しいです。このシリーズは、3巻目あたりから、登場人物たちが勝手に動きだしてくれて、キャラクターが膨らんできている感覚があるので、そういう面では楽しいですね。
浅野:あー、読んでてもそういう感じ、わかる! 文庫読み切りシリーズの面白さのひとつって、新しい作家の方が、どんどんお上手になっていくのを目の当たりにできることっていうか――もう私、書く苦労なんてわからずにエラそうな言い方になっちゃいますけど、巻を追うごとに、どんどん面白くなるんですよね。
浅野:私は大好きですけどね。でも、江戸時代のほうが今より毛皮は手に入りやすいはずだし、信ぴょう性はあるんじゃないですか。
小早川:大奥の廊下には、
小早川:最初に比べると、ちょっとずつですけど、上手くなってるって感覚はありますね。もっと上手く書きたいですけど。
浅野:ね? そうでしょ? 説得力が増してるもん。これは惣介が言うセリフだよねとか、隼人ならこう行動するよねとか。ドンピシャな快感があるんですよ。
小早川:でも、ときどき惣介が言いそうにないことを書いちゃうことがあるんですね。すると、筆が止まっちゃうんです。それで何も書けない日が続いて、やっと「あ、惣介はこんなこと言わない」とわかって、なんとか進むという感じ。
浅野:あー。キャラクターができあがってからもご苦労があるんですね。でも、読者は新しいのが読みたいのぉぉ!
泣き笑いだけじゃない、江戸の微妙な人情
浅野:『包丁人侍』には事件を解決するっていうミステリーの魅力もありますよね。そこはどうやって考えてらっしゃるんですか?
小早川:私、ミステリーはもともと大好きで、いっぱい読んでるので。事件のアイディアを考えるのは、苦じゃないんです。
浅野:あー、そこがいちばん大変かなぁと思ってたんですけど。
小早川:江戸に本当にあった事件って、解決してないものも多いんですね。悪霊のしわざだとか、天狗のしわざだとかで、すまされてる。それを、「本当はこうだったんじゃないの?」と想像するのは、本当に楽しいです。
浅野:書いていて、いちばん苦しい部分ってどこなんですか?
小早川:私の場合は、種明かしの部分を書くとこですかね。物語を広げるのは楽しいけど、畳むのは難しい。展開はもちろん決まってるんですけど、物語の流れをとぎれさせずに、面白く書くっていうのが難しくて。少しは成長してきたと思うんですけど、まだデビュー4年目ですからね。未熟者なんで。
浅野:私みたいなファンがいっぱいいるんですから、自信持ってくださいよ。でも、どんな世界でもそうでしょうけど、経験を積んだからこそ、求めるものが高くなるっていうのはあるでしょうね。
小早川:浅野さんの演技みたいに、人の心の奥底にある細やかな動きみたいなものを、文章でも微妙に表現できるといいんですけどね。私、それが人情だと思うんですよ。単純に泣くとか、助け合うとか、そういうことじゃなくて。
浅野:私も表現できてるとは思いませんけど。今はどうしても、「好きです」ってストレートに言うとか、とにかく抱きしめるとか、言葉や態度ではっきり示す表現が多いんですね。でも、言わなくったってわかるよって部分が、昔はもうちょっとあった気がするんですよ。わかってる気でわかってなかったということも多かったかもしれないけど(笑)、それでも、なぜかつながってる、みたいな関係があった。そういう部分が味わえるから、私は時代小説が好きなのかもしれない。
小早川:微妙な心の動きとか、それを感じるゆとりとかがなくなってしまうのは淋しいな、という感覚があって。そういうのが豊かにあった江戸時代を、なるべく正確に、でも楽しく伝えたいなという思いはありますね。
浅野:今を生きる私たちにとっては、ないものねだりなのかもしれないですけどね。江戸が好きっていっても、実際の生活には悲惨な部分もあったでしょうし。
小早川:ユートピアではないですね。疫病も災害もいっぱいあったし。
浅野:やっぱり江戸時代がいちばんお好きなんですか?
小早川:いちばん面白い時代だと思います。男も女も思ったより遊び好きで好き勝手やっていて。仕事をする時も、「仕事七分に、金三分」っていうんですけど、したい仕事をする大事さが七割、お金なんて大事さは三割程度でどうでもいいよっていうところがあったりとか。いい大人が凧をあげて走り回ったあげく、畑を踏み荒らして幕府に叱られた、なんて記録もあって、笑っちゃいます。そういう江戸のなんともいえない面白さを描いていけるといいですね。
待望の新作。第六弾では新たな展開が――
浅野:次の作品なんですけど。タイトルだけでも教えていただけませんか?
小早川:私のタイトルは最後に決まるので、まだお教えできないんですけど。
浅野:内容は? ちょっとだけでも教えてくださいよ。
小早川:惣介が西の丸に異動します。
浅野:え? 家慶のほうに行っちゃうんですか。じゃあ、家斉はもう、惣介が炒った黒豆を食べられないの?
小早川:家斉の指示での異動なのでつながりはありますから、そこは読んでのお楽しみということで。まぁ、江戸のサラリーマンなので、西の丸への転勤を描くのも面白いかな、と。
浅野:そして、転勤先で苦労する、ということですね。
小早川:そうそう。これまで敵対していた雪之丞も西の丸にいますしね。
浅野:いましたねぇ、京から来た謎の料理人・雪之丞。
小早川:彼は最初に登場して、『大奥と料理番』では消えちゃったんですけど、読者の方にすごく人気があって、『料理番子守唄』からまた登場させるようになったんです。そしたら「今回の推理はイマイチだったけど、雪之丞が出てきたから許す」なんて意見もありました(笑)。
浅野:読者さん、厳しいですね。でもそれって、とっても作品を楽しんでるってことですよ、きっと。
小早川:それから、『月夜の料理番』を読んでくださった方は、隼人の奥さん・八重が身ごもったことを覚えてくださってるかもしれませんが、新作では隼人がお父さんになります。
浅野:良かったぁ。また新たに嫁姑問題が勃発するかもしれないけど。好きなんですよ、二枚目で剣には強い隼人が、嫁姑問題はどうにもできないっていうのが。もうシビシビきちゃう。
小早川:シビシビきます?
浅野:きますよ。そういう部分があるから、小早川作品は女が読んでも男が読んでも面白いんですよ。だからお願い、早く書いて。
小早川:浅野さんにそこまで待たれたら、本当に早く書かなきゃいけないって気になります。あのー、対談までしていただきながら、あつかましいついで、ひとつお願いがあるんですけど。
浅野:なんですか? 原稿の取り立てでもなんでもやりますよ。
小早川:浅野さんに取り立てられるなら、それも嬉しいけど(笑)。違うお願いがあるんです。私、アイディアだけはいろいろあって。いつか旗本の奥方の話を書きたくて。若くて綺麗なんだけど、少し気難しいお母さんでもあるという、ちょっと複雑な女性。それを、浅野さんでイメージキャスティングして書いてもいいですか? そして、もしそれがドラマ化になったら演じてくださいますか?
浅野:喜んで! 素は旗本の奥方ってガラじゃないけど(笑)、先生が書いてくださるなら、絶対やります。なんなら版権を私が買っちゃいますよ。『よみ語り』の舞台や、他の仕事も頑張って腕を磨いておきますから、ぜひ書いてください!
小早川:ありがとうございます。これを励みに頑張って書きます!
浅野:その前に、『包丁人侍事件帖』シリーズの新作を、お願いしますよ。もう、私、次のが読みたくて、禁断症状が出てるんですから。
取材・文/伊藤愛子 撮影/干川 修
プロフィール
浅野 温子
TBSのテレビ小説「文子とはつ」に主演して注目され、以後は映画にテレビに大活躍。「あぶない刑事」「抱きしめたい!」「101回目のプロポーズ」「フリーター、家を買う。」など、多数の話題作に出演。2003年からは、神話や古典を題材にしたひとり舞台「浅野温子 よみ語り」をライフワークにしている。3月3日に初の著書「わたしの古事記『浅野温子よみ語り』」に秘めた想い」(PHP研究所)を出版。
作品紹介
わたしの古事記 「浅野温子よみ語り」に秘めた想い
小早川 涼
2009年「将軍の料理番」で作家デビュー。包丁人侍事件帳シリーズとして、「大奥と料理番」「料理番と子守唄」「月夜の料理番」「料理番 春の絆」を上梓。人間味のある多彩な登場人物、史実に即した料理、緻密に構成されたミステリーが織りなす新しい時代小説を構築し、人気を博している。
作品紹介
江戸城台所人・鮎川惣介は元旦当番を押しつけられ、不平をこぼしながらの帰宅途中、暗闇の向こうから男の断末魔の叫び声が! 殺された男は、なんと倅の小一郎が通う読書手習所の師範、鰍沢露水だった…果して下手人は!? 読者待望の人気シリーズ第五弾!
定価:619円+税/学研プラス学研M文庫
TBSのテレビ小説「文子とはつ」に主演して注目され、以後は映画にテレビに大活躍。「あぶない刑事」「抱きしめたい!」「101回目のプロポーズ」「フリーター、家を買う。」など、多数の話題作に出演。2003年からは、神話や古典を題材にしたひとり舞台「浅野温子 よみ語り」をライフワークにしている。3月3日に初の著書「わたしの古事記『浅野温子よみ語り』」に秘めた想い」(PHP研究所)を出版。
小早川 涼
2009年「将軍の料理番」で作家デビュー。包丁人侍事件帳シリーズとして、「大奥と料理番」「料理番と子守唄」「月夜の料理番」「料理番 春の絆」を上梓。人間味のある多彩な登場人物、史実に即した料理、緻密に構成されたミステリーが織りなす新しい時代小説を構築し、人気を博している。