私はときどき、引きこもりのお子さんを持つ親御さんから相談を受けることがあります。
自分の部屋に閉じこもってしまい、家族とも口をきかない。学校にも行かないし、外に出て働くこともしない。最近は、30代、40代の引きこもりも増えています。こういうお子さんと毎日向き合わなければいけない親の苦しみはどれほどのものでしょう。こちらまでつらくなってきてしまいます。
そんなとき、「もう、何年もそういう状態がつづいているんですか。それは深刻ですね。なんとか社会復帰できるように、もっと積極的にやっていかないと。お母さんもがんばりましょう」という風に、ポジティブに対応するのがいちばんと考えがちです。
でも、私なら、こう言います。
「引きこもっていても、お子さんは生きていてくれる。それだけでもよかったですね」
実際、子どもに自殺された親の気持ちを立て直すことは、本当にむずかしいのです。
引きこもりのお子さんを持つあるお母さんは、
「毎食、子どもの部屋の前に、食事をのせたお盆を置いてくるのですが、全部食べてあるとほっとするんですよ。ああ、今日は食欲があるんだって……」。
親心というのは、こんなに切ないものなのだと胸に沁みます。
「生きていてくれるだけでいい」、本当はそんなわけないから悩んでいるのですが、でも、こう言われると、親の気持ちはいったんラクになります。
こうしていったん引き、折れそうになっている親の気持ちをやわらげ、そこから先へ進むにはどうしたらいいかを一つひとつ考えていく。この手順が大切なのです。
たとえば私なら、次のようにアドバイスするかもしれません。
「生きていてくれること、それだけを考えましょう。いずれお子さんが何かのきっかけで勉強してくれれば、大学に行くこともできるでしょう。自分で身を立てるための資格を取る方法も、いろいろありますよ」
相談者が心が折れそうになっているとき、いたずらに「前向き」「前向き」と連呼してしまえば、背中を押してもらうという感覚よりは、前に進まないと突き落とされるという強迫に聞こえてしまうかもしれません。
あるテレビ番組で、「物心ついたときからゴロゴロしてきて、いまになって人生後悔している」という投稿に、マツコ・デラックスさんは一言。「勝ち組だよ、50歳までそうやって生きてきたんだから」。
このくらい開き直った考えを持てれば、あっぱれと言いたいぐらいの〝生命力〟です。
もちろん、ポジティブ思考にはいい面もたくさんあります。でも、リスクもある。両刃の刃だということです。
「成功するにはポジティブ思考でなくては」という考え方は一種の決めつけであり、これはこれで、自分をしばる考え方であるということに気づいてください。
ときにはポジティブ、ときには引くこともできる。臨機応変、縦横無尽。自在に考えられる。元気な心とは、そういうフレキシブルな心を言います。
和田 秀樹 (わだ ひでき)
1960年大阪府生まれ。精神科医・教育評論家。東京大学医学部卒。国際医療福祉大学大学院教授(臨床心理学専攻)、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。精神分析学(特に自己心理学)、集団精神療法学等を専門とする。受験アドバイザーとしても精力的に活動し、志望校別勉強法の通信教育・緑鐵受験指導ゼミナールを主宰。東京大学をはじめとする難関大学に挑戦する受験生を指導している。映画初監督作品『受験のシンデレラ』がモナコ国際映画祭最優秀作品賞を受賞するなど、文化面でも幅広く活躍中。
作品紹介
精神科医として多くの悩みに向き合ってきた和田秀樹先生が、困ったときでも心穏やか解決に向かうための「心のコツ」を教えます。
定価:本体1,200円+税/学研プラス
バックナンバー
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- 深呼吸で暗示をかける
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- たくさんほめて、ほめられる人は 心が折れにくい
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