心に、少しずつ「よい種」を植える

緑川明世『尼僧が教える 心の弾力のつくり方』セレクション

更新日 2020.07.22
公開日 2018.04.30
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心は毎瞬毎瞬、
新しく移り変わっています

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 第1章(注・前回まで)を読んで、「心って、やっぱり面倒だな」と思いましたか?
 自分を心地よく培ってゆくのは、たしかに時間も手間もかかりますね。
 だからこそ、少しずつ工夫をしながらトライしていくのです。そうすると、必ず変化が見えてきます。
 それに、心はどんなふうにも変えていくことができます。
 なぜなら、心は「固定されたもの」ではないから。「私の心」や「あなたの心」と私たちが考えているような、形が決まったものがあるわけではないからです。
 心はいろんな環境や条件の中で、瞬間瞬間に移り変わっています。
 たとえば、いま目の前にいる相手のことが嫌いだったとしても、ちょっとしたことで、次の瞬間「あ、いいところもあるな」と好きになる可能性だってありますね。
 そう考えると、私たちの心はその瞬間ごとに変えていけることが納得できませんか?
 
 心には、毎瞬毎瞬「前の心」を相続して、移り変わる性質があります。
 これを仏教では、「心相続(しんそうぞく)」と言います。
 たとえば、ある人からいじわるをされて、「腹が立つ! 何あの人!?」と心が怒りでいっぱいになったとします。
 次の瞬間、その思いにとらわれてしまうと、人は相手に対して怒りがどんどん強くなります。怒りの炎はメラメラと燃え上がってしまうでしょう。
 でもそこで、「ちょっと待てよ。あの人にも何か事情があったのかも」と考えてみることもできます。
 そうやって1%だけでも相手を思いやれると、そこにあたたかな思いが生まれますね。その思いを相続して2%、3%……と増やしていくこともできるのです。すると、怒りのパーセンテージが徐々に減っていきます。
 また、人に意地悪なことをしたり、誰かを攻撃してしまったりしたとしても、「あ、いけない」と反省して、次の瞬間その気持ちを99%に減らしていくことはできます。
 その割合をよりよいほうに少しずつ増やしていけば、出発点は同じでも、最終的にはまったく違う方向へ行くでしょう。
 理論はわかっても、実際の場面では、すぐに心を切り替えるのはむずかしいかもしれません。一見すると、私たちの感情や思考は、一直線のラインで継続しているようにも思えます。しかし本来は、瞬間ごとの「点」が連なって続いて、常に変化し続けています。これが心のしくみです。
 そのしくみを理解して、よりよい方向へ心を向ける練習をすれば、感情の流れを自分でコントロールできる力がついていきます。
 
 7世紀のインドの仏教論理学者、ダルマキールティの著作『量評釈(りょうひょうしゃく)』の中に、「相反する感情は同時には表れない」という意味の記述があります。これは、法話などでよく引用される部分ですが、簡単な言葉に置き換えると、「人の心は、ふたつのことを同時に考えられない」ということです。
 たしかに私たちは、怒りを感じながら嬉しいことを考えたり、希望にあふれつつ悲しみにくれたりすることはできません。
 ですが、心の中を少しずつ変えていくことはできます。
 もし自分が、他人や自分の心を傷つけることを考えていたと気づけば、その瞬間から、よい方向へ舵を切り直せばいいのです。
 
 私が仏教と出会うきっかけとなった高僧は、心相続についてこんなふうに教えてくれました。
「心は、川の流れのように瞬間瞬間に移り変わっています。その心によい動機をもってよい種を植える人もいるし、悪い動機で種を植える人もいる。小さい種でいいし、わずかな努力でいい。少しずつでもよりよい種を植えて育んでいけば、人生は大きく変わります」
 日々暮らしていれば、当然ネガティブな感情は生まれます。
 そのとき大切なのは、自分や人を責めていると気づいたら、次は、たとえ1%であったとしても、よいほうへ受け止め方を変えてゆくことです。
 しかし、もしどうしても切り換えられないときは、自分を責めても解決にはなりません。無理やり変えようとせずそのままにして、少し流れにまかせておきましょう。
 少し時間をおけば、気持ちが落ち着きます。それから、自分がどんな心でいたいかを思い描けば大丈夫です。

(※この連載は、毎週月曜日・全8回掲載予定です。次回は5月7日掲載予定です。)

 

緑川 明世 (みどりかわ みょうせい)

作品紹介

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